「アーマード・コア6」の酔狂な遊び方:メカとキャラを愛すること

最初のARMORED CORE「AC1」をプレイしたのは小学生の時だった。27年前だ。

親友が持っていたのを一緒に遊んで、それが面白くて、給食のハンバーグをあげることを条件にそのソフトをもらった。

(当時、親友にとっての天秤はもっぱら花ではなく、目の前の団子のほうだった)

 

中学生になり、PS2の登場と共に「AC2」となってこれも遊び尽くした。以来仕事を始めるまでは新作毎に遊び続けたものの、この小中学生の時こそが自分の血肉となるような不思議な体験だったように感じる。

最新作「AC6」はその時の記憶を掘り起こしてくれた。

その基準というのも、回りくどい言い方をすれば「闘争の果てに…畑を耕し始めてしまった」こと。全てのバトル要素を終えた後にやることと言えば、ゲーム世界をのんびり探索し、ただただ眼福にあずかること。

 

PS1時代から27年をかけて研鑽されてきた、この「アーマードコア」の世界のそんなちょっと"酔狂"な楽しみ方をお裾分けしたいと思う。

 

※この記事は基本的にはACユーザー向けだが、未プレイの方にも興味を持ってもらえるなら何よりの幸いに思い、その導入には公式の紹介PVをどうぞ。

 

 

 

 

 目次

 

 

※キャラクターに興味のある方は、前置きを飛ばし「3章」からの導入も一手です

 

 

 

 

1:メインシステム 戦闘モード終了

 

オフライン時代の「AC」の酔狂な遊び方

よく物語で「戦いに明け暮れくれていた人物が、ある日を境に畑を耕し始める」という奇妙な描写を見かける。ちょっと大袈裟だが、自分もそう遠くはないのかもしれない、と感じるゲーム体験が過去に何度かあった。

小中学生の「PS1・2」時代には当然オンライン機能もなく(のはず…)、田舎暮らしの情報の乏しさも相まって、ひたすらにオフラインプレイに耽るのみだった。でも、それが楽しかった。

(この世代以前の方々にはきっと共通体験のことだろう)

当時は高性能な頭部パーツを装備すると三石琴乃さんの声が聴けた

「AC」もそんなタイトルの一つだった。システム上用意された要素の全クリアを出発点に、そこから周回プレイで完璧なセーブデータを何パターンも作り上げること。少々マニアックな話になっていくと、ミッション達成率なる項目を"最短で無敗"状態で締めることや、最軽量二脚にマシンガンとブレードのみで制覇する"縛りプレー"を修行のように重ねたり、オフライン時代ならではの公式チート、所謂"強化人間"に生まれ変わってからも同様に完璧なデータを作るべく、何度も何度も周回した。

(ACの主人公は稼いでなんぼの傭兵なのに、失敗ばかりで借金を貯めてしまうと、なんと強制的に強化人間手術に供され、(恐らく)脳内にレーダーを仕込まれたり、機体性能も何故か異常に強力になるという、オンライン対戦時代では間違いなく通報されること受けあいの闇の取引システムがあった…)

 

しかしそうやって、子ども心にも戦うことに飽きてくると…次第にシステム上想定された遊び方とは違う"アサッテの方向"に目を向け始める。自分にとってそれは「バグを研究する」ことと「観察し、絵を描き、または小説を書いたりする」ことだった。

 

当時のバグは枚挙にいとまがないものの、代表的な例としては「一定条件下で地中にもぐることができ、ルートをショートカットしたり敵から無敵状態になったり、或いは不思議な空間に出会えたりする」というもの。

特に印象的だったのは、基本的に潜った後は永遠に落ち続ける真っ黒な宇宙空間になり、遠く彼方に離れていく元いた大地を見届け続ける、というなんとも心細い感覚を味わうことになるが、時たまそんな奈落の底に巨大な都市ステージが現れることがあった。実はそこは公式ルートにて後に大団円を迎える場所なのだが、ここでは一切の人気はなく、音すらしない…不気味極まりない。さらなる心細さに苛まれる様は、さながら宇宙を漂流した末に辿り着いた星でも独りぼっちな、映画「インターステラー」と「オデッセイ」のマットデイモンの気分だった。

 

もしかしたら、もうひとつの「観察・スケッチ」のほうが人口比としては少なかったのかもしれない。というのも、現代のゲームではよく実装されるプレイ空間内を実際の撮影感覚で自由に撮れる「カメラ機能」などは当然なかったが、しかし…どうしても気になる一目惚れの相手に出会ってしまったことによって、カメラ機能はなくともそのお相手を観察するべく、ひたすらに無駄な努力を始めた…という特殊な事情があったからだ。

そのお相手はナインボール・セラフ」と呼ばれる、所謂"ラスボス"だ。

 

 

 

一目惚れの相手を「ポーズ画面」で描き写す

90年代、PS1時代の完結作「アーマードコア マスターオブアリーナ」で初登場した「セラフ」は強かった。そしてカッコよかった(さらにガンダムにおけるサイコガンダムのようにデカかった)。

しかし、PS2時代になってからのラスボスに、まさかの"未確認の旧世代兵器"として蘇った「セラフ」はその驚きと共にもっと強く、さらに美しさを増していた。それは、ティーンエージャーな病に陥りがちな中学二年の少年にとって、回避することのできない電撃となって心を掴んで離さなかった。

ただ前述の通り、観察する手立てがない。カメラ機能は無論のこと、ネットも書籍からも満足する情報は得られなかった。映画泥棒の如く直接撮影する機材もなかった。だからやったことと言えば、戦闘をしながらも「自機でセラフに近づき、ポーズ画面で止めて観察する」ことだった。

当然、ポーズ画面というのはプレイ中の一時中断のためであって、観察のためではない。画面には薄暗いフィルターが被さり、設定メニューの文字さえ被って表示されている。視認性は極めて悪い。それでもギリギリには見える…

しかし痛し痒しと言うべきか、このセラフに近づこうものなら、比類なき速力と火力のブレード一振りで即死…という、皮肉にも"観察に最も向いていない強すぎる相手"だった。

ただ、その斬撃を喰らう度に、言いようのないマゾヒズムを覚えたことも、また確かだった…

 

当時それほどまでにセラフは規格外のボスとして、数多のレイヴン=ACにおける傭兵達、をどん底に叩き込んできた圧倒的な存在感だった(と自分は感じる)。何度も斬り捨てられ、今とは違いリトライするにも手間が要ったものの、それでも必死にしがみつき、自由のきかない画面の中で観察し続け、構造を理解していった。

拙いながら、当時の僅かに残っていたスケッチを見つけた。

当時の自分の限界からか、PS2のポリゴンから読み取ったカメラアイの位置が、後に間違いだと分かる

 

これはセラフに限らず、そういう気になったものをこの手法で自分の手元に残し悦に浸る、という遊びにしばらく耽ることになり、その派生としてのオリジナルACの創作や、自前のキャラ・挿絵を入れた小説を書いたり、果てはフロムソフトウェアに直接絵を送りつける、という…大人になって考えれば身の毛もよだつような所業さえ行っていた。

(小説のラスボスにはやはりセラフが登場し、こんなヒロインも見たいという思いを乗せて書いた、恥ずかしい事この上ない…おぼろげな記憶だけが残っている)

 

 

 

ルビコンという広大な畑を得て 再び耕し始める

ともかく、過去の話はそこそこにして、最新作はどうか。

10年越しに満を持して発売された「AC6」において、同じく10年ほどゲームから離れていた自分の内に何が起こったか。

早い話がVRプラモとでも呼ぶべき愛機を磨き、愛でる」ことと、その「愛機と同様に愛すべきキャラクター達とこの世界で戯れる」ことだった。

 

仕事(特にもの作り)を始めてしまうと、少年の頃のような心の余裕はなくなり、「6」も一通りのストーリーをクリアしてすぐ終えるだろうと思っていた…ところがいつのまにやら、システム上用意された要素をコンプリートしたくなり、さらにあの頃にはできなかったオンライン対戦にも手を出し始めることに。

(今時はそれこそ"酔狂な程の猛者"が幾らでもいるだろうと、案の定負けっぱなしだった最初からは一応勝てるようにはなっていき、それでもせいぜい三割から四割、くらいの勝率に留まっていた…対人戦に対し得難いスリルは感じ始めた、が、否が応にも緊張を強いられることもまた確かだった)

そして、箸休め的に戦う合間にでも、愛機を可愛がり、ステージ内をうろうろしながら観察していたら、いつのまにやら対戦そっちのけになってしまっていたのだ。

 

ここで「メインシステム、戦闘モード起動」というミッション開始時のもはやシリーズの伝統ともなったセリフがある。これを聞くと「愉快な遠足の時間だ!」というどこぞの鬼軍曹に叩き込まれそうな無意識の刷り込みにも近い闘争本能の発奮が、この言葉にはある。

そして最新作も、過去作へのリスペクトとも思えるこのセリフの用い方で最後が締めくくられることとなった。多分、だからこの作品の本分は闘争にこそあるのかもしれない。そしてそれがこの先に繋がっていくという予感もまた同時に。

この10年、新作を渇望し続けた傭兵達が「身体は闘争を求める」と共鳴しあい、ネットミーム化してしまった現象もまったくの無関係には思えない。

 

なのに自分ときたら、結局最後には小中学生の頃と相も変わらず、皆の集いと闘争とは別の、アサッテの方向に行ってしまう。ただ眺めて、鑑賞して、妄想する。

だから今の自分は「メインシステム、戦闘モード終了」なのだ。

 

そういう訳で自分は、今作の舞台となる惑星「ルビコン」にて日々しのぎを削られている傭兵の方々に対し、なんだか申し訳なかったり情けなかったりする中途半端な傭兵倒れであり…どちらかと言うと"戦場カメラマン"の側になってしまった気もする。

そこで大量に撮影してきた現地の写真を通して"楽しむことのあくまでも一つの耕し方"の一例として「アーマードコア」の末席を汚すことを、どうかお許しいただきたい。。。

 

 

※改めて「2章」はメカと風景鑑賞。「3章」がキャラ主体であり、良きところからどうぞ

 

 

 

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2:VRプラモという概念

 

デザイナー兼演出家「河森正治」が残したACの可能性

アーマードコア」というゲームはなんと言っても、数百種のパーツの無限の組み合わせからなる自分だけのメカ「AC」を生み出す"アセンブルの喜び"が、時代を経ても色褪せることのない、根幹のテーマだ。

その概念は、97年の初代ACの時点でものの見事に確立されており、最新作のAC6に至ってもその基本形はほとんど変わっていないことを見届け、初代の偉業を感じずにはいられなかった。

(もちろん、この最新作で新たに提案された概念の素晴らしさも後述していきたい)

この概念は、当時のフロムソフトウェアのスタッフと、メカデザイナー(しかも演出兼)の名匠河森正治氏とのセッションによるものだが、特に河森氏の功績は大きかったようだ。

自分はこのACをきっかけに河森氏のことを憧れるようになり「マクロス」や「アクエリオン」「エウレカセブン」なども追いかけるようになっていった。将来、こんな七面六臂の活躍を見せるメカデザイナーになってみたい、とさえ感じていた。

 

ちなみに「HAL」のCMで使われたためか恐らくもっとも有名な存在となったAC「ホワイトグリント」をデザインしたのも河森氏だ。当時、PS3時代となって新たな血筋が生み出すデザインが席巻する中、この巨匠の仕事には「さすがです…」と唸らされた。

そして最新作「AC6」にも、この河森氏の血がそこかしこに受け継がれていることが伝わってくる。前述のとおり0年代中頃から加速していった若手の登用によってより豊穣となったデザインにも大変魅せられたものだったが、それからの沈黙が長かった結果なのか、最新作のデザインにはどこか先祖返りをしたような印象さえ抱いた、というのは自分だけだろうか。

(特に後述の「イグアス」の機体などは、初代看板機「アンファング」をよく継承していると感じる)

 

これはAC6で初搭乗するAC「LOADER4」だ。この時点で懐かしさと新しさとが絶妙に同居した、初期機体としては既に高い完成度を備えている。

河森氏いわく「背面はカッコよく個性的に。プレイヤーは常に後姿を見ることになるから」の視座が確かに継承されている。上記の河森氏の設定画へのオマージュすら感じる

 

 

理想の美ににじり寄っていくことの喜び

ACは基本的にはどんなアセン=組み合わせをしても、一定のカッコ良さが感じられるようにデザインされていると言う。ただし、過去のACはそのハードの制約から、機体を自分色に染めていくことに限界があった。PS1時代はかなりのローポリであったし色の調整の自由度も限られたものがあった。PS3時代においても一定の限度は存在した。

(それでも当時はその都度の感動を覚えていたものだが…)

PS4時代を素通りし、PS5時代になって蘇ったACのそのクラフト能力には目を見張るものがあった。昨今のゲーム事情に疎い自分にはなおさらの衝撃だった。

 

特に嬉しかったのは、基本色だけではなく物としての実在感や品格を左右する"質感"を自由にコントロールできることだった。

 

家電、PCなどのガジェットを厳選するときも実は色以上に質感が重要な基準だったりする。それが安物か高級品かという所有欲の問題に直結することは工業製品にはよくあることだ。

(こんな赤サビだらけの質感は現実の工業製品としてなら大問題でも、ACの機体コンセプトによっては裏付けのある実在感を生むに必要不可欠な、デザインの一要素、となったりするのが面白い)

 

もう一つは、これも次世代機の処理能力の恩恵と思しき、デカールを細かく大量に張ることができるところだ。追い込もうと思えば、本当のプロモデラーのような細やかなデカール配置で、機体のリアリティー強度をどんどん高めていくことができる。

 

基本となるエンブレム(νガンダムにおけるユニコーンマークのような)は昔から作ることはできたが、それも圧倒的な自由度を備えて凝るに凝りまくれるようになっている。

自分は、ガンプラでいつもデカールを必ずサボる無精な性分ではあるが、これだけ楽になると気軽にコツコツと作れて、日を追うごとにペタペタと張り足していくことが日課となっていた。

 

 

さて、自分の機体の変遷はこんな感じだった。

最初の一周目、中盤以降のアセンだったろうか。

初代から続く癖で自分は「軽量二脚」が何より大好きで"蝶のように舞い、蜂のように刺す(by モハメド・アリ)"スタイルが自分の性分には合っており、全てのシリーズでそれを貫いてきたほど身体に馴染んでしまっていた(特にブレードは必携)。「アニメの主役機と言えば、やっぱり速さだなあ」という少年心満載の無意識の刷り込みもあるのだろうか。なによりは個人的趣味の"見た目"が最優先だった。

が、今作をプレイすればするほど"今回の軽量二脚は実は弱いのでは?"と感じ始めたのも案の定、巷でそう囁かれていることを耳にし…苦々しくも段々と、装甲は分厚く四肢は膨らみを増し、強いと耳にした武器を(戦術のいろはも分からず)どこか"誉"を捨てるような心持ちで担いでいった。

(後にアプデで調整されていくが、今作のゲームバランスの性質上、引き続き重量級に分がある様子だ)

誤解なきように、重量級には重量級の使い手としての美学があり、それを決して否定するものではない(現に重MS「サザビー」は大好きだ)。自分にそれを扱うセンスが足りなかっただけのこと…

 

それでも一応、センスがないなりに(個人的に)腑に落ちる統一感を持ったシルエットだけでもと探ったら、後述する「解放戦線」の面子が駆る「旧式AC」のなんだかぬいぐるみのような"ずんぐりむっくり"な風貌に絶妙な味わいを覚え、これでしばらく戦うことに。

これこそ過去のACにもなかった「エウレカ!」な逆張りのデザインにも思えた。"アンティーク"としての一つの価値を感じる。

 

しかし…例え統一感があっても、自分との相性や、方針無き戦術、そして何より当時の技量からか、これで随分苦労することになる。

情けなくも結局、軽量二脚をいじり始める。

 

そしてある時、自分にとって"勝率と見た目のバランスがとんとん"な腑に落ちる構成に行き着く。

プレイした方なら大した新規性は感じられないものと察するが、作中随一のイケメンこと「ラスティ」の機体デザインの完成度に、改めて感銘を受けたことによる単純な回答だった。正直、制約の多い基礎フレームではあるものの、(あくまでも)自分の内に感じる「素敵だ…」というどこぞの"チェーンソー紳士"のような声に、何よりも素直になっていく事こそが、最大の喜びとなっていった。

(まるでセラフの美しさを追いかけていたあの頃のように)

 

とは言え、アイコニックな頭部やコアパーツなどは変えてみたりしつつ、ラスティそのままにならないようにあがいてはみたものの、恐らくフロムの担当デザイナーがラスティとAC「スティールヘイズ」に託したヒロイックさは並々ならぬものらしいと気づき始め、その完成度に平伏するより他になかった。

結局、統一感というものは初期デザインの段からコンセプトを一貫した結果なのだと思える。

(前述の初期アセンブルの時点で既にラスティ率が高かったことにも、まんまと術中にはめられていたことを痛感する)

 

それでも、自分なりに腑に落ちるゴールは見つかる。



 

 

愛機「facility dog」は621とウォルターのために

これが一旦の完成を見た、My AC「facility dog」である。

名はお分かりの通り、作中ことごとく「犬」扱いをされてしまう主人公「621」に由来する。それもそのはず、上司である「ハンドラー・ウォルター」の"子飼い"として活躍することになるからだ。

 

設計方針はこうだ。

「ラスティーに見る"もう君が主役だろ!"と言わんばかりのヒロイックさを拝借しつつも、当の主人公である621がその使役者ウォルターの元で飼われている"忠犬"であることを何よりも喜んで表現する機体(あと関係各企業への感謝も忘れずに)」

である。

 

「ファシリティードッグ」とは、患者の治療の苦痛や入院中の不安を軽減するために付き添う"セラピードッグ"の一種であり、またその指導役には臨床経験を持つ"ハンドラー"が務める。(日本では2010年から導入された)

 

ウォルターと621の間に結ばれた固い信頼関係を想う。犬はハンドラーを慕い、ハンドラーは犬を通して己の存在を肯定することができる。そしてハンドラーに愛された犬は、患者でもあるプレイヤーに付き添い、心の平穏をもたらしてくれる

そんな願いを込めて…(大袈裟ですいません)

 

ラスティーとの大きな差分には、この特徴的な腕部パーツ。そして右肩には、ウォルターと621の絆をあしらう。ポイントは犬の肉球

 

だから自分はこのACを、愛機であると同時に"愛犬"でもあると思い込んでいる。

 

(それ故に、この記事全体の主題にはウォルターがおり、後述の項では幾分力が入ってしまった…気になる方は一読していただきたい)

 

 

 

 

カメラ機能でVRプラモ撮影会へ

(ここからが、写真の量がやたらに多くなってしまい申し訳ない…)

AC6は次世代機の性能を遺憾なく発揮する描写力で、手塩にかけて磨いた愛機をまるで本当のプラモデルのように、そこに存在させてくれる。

もし、闘争に疲れ、心の畑を耕してみたくなった方がいれば、是非ともお勧めしたいのが、カメラ撮影機能を使い、VR上に存在する自作プラモを愛でることだ。

 

早速、アセンブル画面では味わえないリアルなライティングを求めて散歩に出かけよう。

まずは、ルビコンの灰色の空を抜けて燦々と輝く青空が愛機を照らしてくれる、ミッション「企業勢力迎撃」へ。

少年時代の自分からは、まるで信じられないような実在感と塊感を感じるこの質感には、眺めているだけでも飯三杯はいけてしまうものがある。

(本当の所、画面をカメラモードにして、ご飯どきにこれを眺めながら食べていた)

 

ラスティが愛用する空力特性に秀でた「シュナイダー」製の基礎フレームを基に、まるで「ジェラルミン」で作られたかのような工業製品感を醸し出そうと質感に苦心した。スーツケースなどで使われている軽くて丈夫なテカテカのあれだ。

(奇しくも、シュナイダーはドイツ語の姓であることと、20世紀初頭にジェラルミンを生み出したのがドイツ人だった、ということを後で知った)

 

では、他の色々な場所にも散歩しに行こう。荒廃したルビコンらしい空の下でも、千変万化の見事な質感を見せてくれる。

 

比較的、昼か夜かに関係なく、光源がハッキリしている場所の方がよく映えるように感じる。メカの生命感にも繋がるカメラアイの光は夜にこそ真価を発揮するものだが、この愛犬には昼間でも元気でいてほしいと、輝度を高めに調整している。

 

余談となるが機体ダメージの蓄積が質感に反映されていく事にも感心してしまった



 

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写真を彩るために選ばれた花となる道具たち

愛機のいい写真を撮るためには、基礎フレームを幹とすると、武器はその花だ。花は必要だ。

花の佇まいによって、闘争する姿にどれほどの華を持たせられるかが決まってくる。

実利的な性能面の紹介も兼ねつつ、一旦細部に寄っていく。まずはメインとなる射撃武器からだ。

基本はこの「エツジン」と呼ばれるバーストマシンガン。作品内でこのメーカー「BAWS」は古くからの土着企業のためか時代遅れ扱いにあり、正直これも、そんなに強くはない。しかし(やはりあくまでも…)自分が美しいと感じる機体全体のフォルムから一考すると、強さより優先したいものがここにある。

なんだかAKー47("小銃界のホンダカブ"と呼ぶべきソ連自動小銃)に似ているのも、ピンときた要因かもしれない。

 

二丁目は通称「ルドロー」という同じ小振りなマシンガン。質実剛健な「ベイラム」製だ。多分どちらかというと、こちらの方が一般的によく使われているのかもしれない。質感のアクセントにグリップを革製にしてみた。

ちなみに「ウェポンハンガー」と呼ばれる武器切り替えシステムで近接武器と換装しながら使用している。これを観察していると、一秒にも満たない豪速の持ち替えをしており、あんな高速戦闘中によく落とさないなあと…(ゲーム性優先が正しいので余計なお世話です)

マガジン交換の描写も素敵だ

これらを二丁持ちで撃つのが基本スタイルになるが、両者とも同じくらいの小振りさから選んだため、全体フォルムの座りが(個人的に)良いと感じる。実利面においても、なにせ小学生の頃から続けていた「乱射スタイル」のため、実に性に合っている(しかし重量級には歯が立たないのが難しい所だが…)。

 

 

お次は右肩のミサイル。

「ファーロン・ダイナミクス」という、後述するキャラ「G1ミシガン」という鬼軍曹の古巣であり、また生粋の"ミサイル狂"な企業だ。戦闘機好きな自分にとっては、アメリカの軍需企業「ゼネラル・ダイナミクス」を彷彿とせざるを得ない、どこかしら"豪快さ"すら感じさせるような、まさにミシガンの印象そのものだ。

この右肩に張ったロゴもまた、絶妙な米企業感を醸し出しているのが愉快だ。

(ディスっているのではなく、これこそが好きだから貼っているのだ。関係各企業様への感謝の念も忘れないために)

このミサイルも、その使い勝手の良さから巷でそこそこ使われているようだが、こと単品で言えば決して強くはない。他にもっと強力な武器がゴロゴロ転がっているからだ。しかし、ACの肝は"組み合わせの妙"であり、武器同士の連携やその戦術にこそ重きが置かれていることは今も昔も変わらない。

(その点、自分のACはきっとベストとは言えない気はするが。。。)

 

ここで箸休め的に、シリーズの伝統的に最も重要とされているが、武装と違い内臓部位のためについつい忘れがちな「ジェネレーター」も紹介しておく。装備しているものは「三台」と呼ばれているもの。

これを作った企業「大豊」(だーふぉん)は恐らく中華系のメーカーであり、この使い勝手の良いエンジン=ジェネレーターは愛犬の散歩にとってもまさに重要な心臓部となっている。(大豊娘娘と呼ばれる"本編に登場しない完全な集団幻覚"がSNSのトレンドにまでなっていたことには驚いた)

リアルにおいても「Anker」や「UGREEN」などのガジェット系中国企業には、PC環境構築のためにとつてもなくお世話になっている。ここにも感謝の一枚を張らせていただく。

 

 

 

 

 

闘争の花形 近接格闘における斬撃

そして最後の武装が、攻撃性能とその立ち振る舞いの素晴らしさにおいて、何よりも大好きな「近接格闘武器」だ。

その中でも惚れ込んだのはパルスブレード「ブッタ」だ(読みは推測)。これだけは、数ある武装の中でも上位に食い込むとされている"強武器"だ。それなのになんとこのブレードは、初期装備としてプレイヤーが最初から使えることから、恐らく「救済武器」、もしくはスタッガー要素なども含めて「今作は近接格闘が強いですよ~」という開発陣からの暗にメッセージの意味があったのかもしれない。

(ブレードは過去作でも高い攻撃性能を持っていたが、今作ほどの扱いやすさはなかったように思う)

このメッセージは、実際のプレイ体験を通してそう実感するようになった。それほどの感動がこのアクションには備わっていた。近接格闘というのは元来、闘争の花形なのだ。

 

これを作ったのは「タキガワ・ハーモニクス」という企業。お察しの通り、恐らくその響きから作中唯一の「日系企業」らしいと分かる。これも刷り込みか、メイドインJapanと聞くと、確かに気になってはしまう…

引き続き感謝の印にロゴをペタリと

 

前述のように、その立ち振る舞いの美しさは、何物にも代え難い。まさに華そのものだ。

このパルスブレードによる「斬撃」をじっくり観察した。

まず、機体は敵機を捉え、火を噴きながら飛び掛かってゆく。パルス発振器が光の刃を形成する

 

瞬く間に間合いを詰めてゆき、その慣性に身を委ねるままに突進してゆき

そして、巨大な刃を振りかざす

喉元を掻っ切るような一閃。たまらずのけ反る敵機

すかさず、八の字の弧を書いて再度振りかぶり

斬り捨てる

 

この二連撃は実に鮮やかだ。(気になった方は、是非自分で動かしてみてほしい)

 

この斬りかかる際のポージングに見惚れつつも「この機体形状からどうやって四肢を捻っているのだろう」と素朴な疑問が浮かんだ。観察してみると、機体の可動域ギリギリまで(ちょっとはみ出すほどに…?)めい一杯捻っており、鉄の軋む音まで聞こえてきそうな迫力を感じた。

それこそ、セラフを観察していた当時も、こんなか細い腹部でなんという凄い斬撃を繰り出しているんだろう!…と子ども心に感心していたことを思い出す。

そういえばこの腹部のか細さは、セラフによく似ているのではないか…と感じ、この構成に行きついたのも、必然だったようだ。

全てのパーツをチェックしてはいないが、この腕部の関節構造は特に面白く感じる



加えて、このパルスブレードは「チャージ」することでより強力な"大太刀"となる。その光景はまさに圧巻だ。

 

まず構えの予備動作として、腰を沈める。高周波発振器が異様な姿へと展開していく

その構えから驚くべき跳躍力で大地を蹴る

発振器から延びる大太刀は、通常時を大きく上回る最大出力によって目も眩むような光を放ち

大豊の強力なジェネレーターから出力されるアフターバーナーの火が、機体を最高速力へと加速させてゆく

まるで翼のように広がるパルス発振器と光の刃をかかげる

その眼は、通常攻撃時とは異なるより明確な意思を持って、獲物を離さんとする狩人のように。全身の捻り込みは、より強力な斬撃を放つべくバネのような圧縮を見せ

そして、その圧縮された力を波として、腰から胸、肩へと伝えてゆく

末端の刃に全てを預け、それを解放し、叩きつける

これを見てしまったが最後、自分の心は、あのセラフに叩き斬られた瞬間のように鷲掴みにされてしまった…(マゾヒスティックそのもの)

なんという美しさだろう

 

 

このブレード発振器は通常攻撃時にも変形するが、やはりチャージ攻撃時のこの「シェンロンガンダム」や「バンシィ」の鉤爪のような風貌が少年心をくすぐる。こうして大きく開閉した口から高周波振動によって形成される光の刃は、ACの何倍もの大きさとなり、まさに大剣の出で立ちとなる。単純にカッコいい。

 

このデザインと特にモーションの高みは、恐らくこの10年の中でさらに蓄積されていったノウハウによるものと思われるが、(一応アニメーション業界の末席にいる身としても…)上述の斬撃モーションを始めとして、今作のアニメーション全般には、力強さが漲っていると感じる。これを一度体験してしまうと初代ACの動きが可愛らしくさえ見えてしまうのも正直な所だ。

(しかし、それでも初代の偉業が変わることはない)

フロムソフトウェアの開発陣にはただただ敬服するばかりだ。

 

 

 

 

 

お気に入りのドールを外に持ち出して記念撮影の気分

コミケに行くと、着飾ったドールを抱えた人々をよく見かける。そして勿論、どこか居場所を見つけては記念撮影に耽っている。自分はドール自体の経験はないが、その気持ちは、痛いほどよく分かる。それは素晴らしき"推しとの脳内旅行"へのいざないだからだ。

 

自身で組み上げ、色と質感に拘り、エンブレムと名を与えたその愛機には、誰しもが各々にとっての推しとなることだろう。それを祝福したい。

そして、自分にとっての推し「ファシリティードッグ」という名の愛犬と共に、旅行に出かける。

ルビコンに団地!と思ったものの、開拓時代に住居の効率的提供には必然のことだったのだろうと、勝手に腑に落ちる

ストライダーの光景には「AC4 fa」を思い起こさずにはいられなかった

ウォッチポイントのほうは、初代ラストミッションで「9の奴」が来る場面を思い出す

RaDの住処にはまったく飽きることがない。あっちこっちに潜り込める

後にラスティが狙撃に使うことになったというレールキャノン

「海越え」後のより寒々とした、ファンタジー感さえある風景も好きだ

技研都市はビルに登って鉄骨を眺めたり、その辺に転がっている遺物を見るのが面白い

ザイレムの高速道路を愛犬と一緒に走り回ってみる。この脚は走ると鳥のような動きになってかわいい

勿論、愛機だけでなく仲間を見つけて撮るもよし(この場合は後述の「V.Ⅱ」のただの覗き見)

 

愛犬との旅行は楽しいものだ。驚くべき環境に満ちたルビコンはどこを切り取っても刺激的で、ついついスナップ写真がはかどってしまう。

前述の通り、機体それ自体が幹、武装類が花とすると、このルビコンはまさにそれらを育む畑そのものだ。

 

 

 

 

ハンガーでガレージキット気分

この章の最後に、機体を整備するハンガーでの撮影もお勧めしておきたい。

これは既に触った方も多いだろうと思われる要素だが、改めて"カスタマイズした自分だけのメカを愛でる"というこのシリーズの根幹のテーマに、どこまでにじり寄ることができるのかと挑戦し続ける開発陣の姿勢が、ここにも感じられる。

 

 

 

そして作中何度も映されることになる、621の飼い主であるハンドラー・ウォルターが恐らく出入りしていたのだろうと思われる場所も、観察する。

当然、そこに彼の姿はない。その残り香がかすかに感じられるだけだ。どこか一抹の寂しささえ感じる。しかし、アーマードコアというゲームが27年に渡って貫いてきた「人物の姿を一切映さない」ということの、心理的作用がここにも見られる。

 

人は昔から、見えないものにこそある種の神秘性や物語を託し、その想像力と好奇心を持ち物として敬愛してきたからこそ、ここまでの文化を育んでこれたのだと思う。そのことを尊び、喜びたい。

次章は自分にとっても、その想像力と好奇心を育むこととなったアーマードコア世界への眼差しを、この最新作にも受け継いで見ていきたい。

 

 

 

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3:愛すべき濃ゆいキャラ達と戯れる

 

人物の姿が一切登場しないゲーム

アーマードコアは「メカアクションゲーム」であり、主役はメカとカスタマイズとその戦闘によるところは確かだ。

だが、そこに登場する傭兵達やオペレーター、企業や民間の人々までもが確実に存在し、その人間模様で織りなされるドラマで物語が展開されていくのもまた確かだ。

 

なのにその姿が、一切見えない。故意に描かれないのだ。

 

正直、小学生の頃の自分はキャラそっちのけの生粋の"メカ好き少年"として本作を楽しんでいたし、なんなら「ポ〇モンよりも、男は黙ってアーマードコア」とでも言わんばかりに、鉄と硝煙の世界に惹かれがちな、そういう点では可愛げのない少年だった。

(実際ポ〇モンは、残念ながら我が家の家庭事情によりプレイする機会がなかったのだが…)

 

しかし、そんな小動物はおろか人間にもあまり興味がなかった自分(語弊がある気が…)にも、中学生になってとうとう"キャラクター"に目覚めることになる。

相変わらず、オリジナルACや戦闘機の絵なども描いていたものの、なんの拍子か人間のキャラクターを描いてみた途端に、無機質なメカニックからは得られない"本能的な高揚感"のようなものを感じるようになったのだ。恐らくこちらのほうが少数派と思われるが、もしキャラスタートで絵を描き始めていたならばきっと"感情と意思と柔肌を持った人間という美しい生き物"を想像し、描くという体験に、これほどのカルチャーショックと感動を持つことはなかったかもしれない…

 

そんなわけで、中学一年の後期からはメカとキャラの両輪で絵を描きまくることになってゆく。(ただ当然の結果とも言えるのか)その最たる範例の一つとして「メカ少女」なる一ジャンルの絵を描き溜めた時期があった。これはまさにオタクが成せる所業の中でも代表格に値する(所謂、黒歴史という…)。ここまで来て紙面を汚すわけにはいかないので…掲載は控えさせていただく。

(自分の場合には「ナインボール・セラフ少女」を生み出したことは、文脈上想像されて然るべき…ということだけ書き留めておく)

 

 

 

 

中の人に初めて興味を持った瞬間

ともかく、自分にとっての比重は自然と大人になるにつれて徐々に人間へと推移していくが、中学生当時は"ほぼ同列"のモチーフとなっていた。それ故に、一章でも話したようにアーマードコアの見えない人物達に姿を与え、物語を描く」ということも始めることとなる。

そして、そのひとつのきっかけともなった事件が起こる。

中学二年も終わりに差し掛かろうとする頃、シリーズ7作目となる「アーマードコア3 サイレントライン」が発表され、当然のように発売の日を待ちわびることになるのだが、その宣伝用キービジュアルを見て、これが驚いた。

 

 

 

なんと、人がいる。

顔こそ見えないが、どうやら女性らしく、赤髪のロングヘアーとそのすらりとした後ろ姿からついつい美人を想像し、高揚してしまう中学生男子の心がそこにはあった。この人が、この軽量二脚のACを操るレイヴンなのだろうか?それともオペレーターか整備員なのだろうか?もしレイヴンだとしたら看板機体を駆るほどの腕前を持った強者であり、そこに至った経緯と生い立ち、そして愛機とともに見るその視線の先に一体何を見るのだろう…などと、思うことがたくさんある。

少なくとも当時の自分が知る限りでは、今までに人の姿など一切見たこともなかった。それが当たり前の作品だと思っていたのだから、その衝撃は少なからず確かにあったことを覚えている。そしてそれが、その後の妄想力もとい…想像力の源泉となっていったことは間違いなかったと、今にして思う。

 

これは大人になってから知った事実だが、実はキャラクター画が"公式"で存在していたのだ。それも「AC1」の時点でだ(ディープな猛者たちは修学済みであったろうに、当時の情弱な自分を恥じるばかりだ…)。

それを知ったのは公式より出版されている「アーマード・コア 公式設定資料集」による。もう絶版となってしまったのが残念だが…この紙面にて、ささやかながら紹介したいと思う。

表紙は「AC1 プロジェクトファンタズマ」の看板機体(にしては珍しい重量級の)「ヴィーダー」。

メカ紹介が中心なものの、めくっていくとキャラクター紹介ページに辿り着く。潔く「ゲーム中には一切登場しない人間キャラクターだが」と述べている。

 

そしてめくると、ご対面する。

「アリーナ」と呼ばれる競技場(初代はランクのみで戦闘は行えなかった)でのランカー達だ。特にこの上位二名は、古参兵ならばすぐに思い出されるはずだ。

「ロスヴァイセ」はとあるミッションでしれっと登場するのみだが、その軽やかさと連撃であっという間に蜂の巣にされたレイヴンも少なくはなかったろう(そして実はこんなにも美しい人だったとは……)。

 

中でもランク一位「ハスラー・ワン」はシリーズ屈指の強敵として恐らく最も有名であり、その機体ナインボール」はアーマードコアを象徴する存在として、後進作に引用され続けていく。前述のナインボール・セラフもこの機体の上位機種として投入されたものだった。

しかし、この「ハスラーワン」と「ナインボール」にはネタバレがあり、このキャラ設定画もプレイした方々なら皆「ご冗談を」と思うことはご名答である。

 

他にも、なるほどと思わされるアリーナランカー達の姿が幾つも見える。

妄想だが、この「ファルコン」という新米傭兵には、AC6における「テスターAC撃破」で最後に「ああ…俺も…コールサインが欲しかったなあ…」と言って哀れに死んでいく「パイロット訓練生」の、あり得たかもしれない未来の姿を重ねてしまい、勝手に辛くなる…ごめんよ(君で随分と稼がせてもらったがために…)

ウォルターの「…敵ACの撃破を確認した」の三点リーダーに、自身の猟犬部隊「ハウンズ」で失ってきたであろう若人達への、苦々しい思いも感じる。

 

こちらも別のランカー達。

この「リンクスミンクス」という女性は、自分にとってちょうど今作のキャラクター「シンダー・カーラ」を彷彿とさせた。こちらのほうが戦闘特化型の荒々しい感じなので、まったく一緒ではないがそう遠くもないと思える。

 

ちょうど見かけたもので、アーマードコアの「小説」の中にも彼女は登場していたらしいと分かる(絵柄はこっちのほうが好きか)。

前述の「ダイナマイトブル」も描かれていた。いかにもレッドガン部隊に居そうな面構えである。そのイカつさから放たれるセリフがどんな遠足気分のものだったかも気になる。

 

この小説の中にはこういう女性もいたんだとか。紛れもなく不二子ちゃんタイプに見え、泥臭いAC世界の中に華を添えている様子だ。

 

 

もう一つの小説の中にはクラッシャー・ジョウのような男性もいたらしい。「厭世的」と聞くと、すぐに今作のキャラ「オキーフ」を連想してしまう。

基本的にとても絵の上手い方が描かれているようで、初代プレイヤーとしてもその人間ドラマがどんなものだったのかは非常に気になるところだ。一度は読んでみたい。

 

また、オペレーターもしっかりと設定されていたようで、描き手に相応のこだわりが垣間見える。実際、AC乗りにとってのオペレーターは大事なのだから(ウォルターがそうであるように)。ACに乗り込む女性パイロットの姿も見つけた。「攻殻」のようなスーツに、狭苦しそうなコクピットだ。

 

 

 

ここまで紹介しておきながら、実際には一切描かれることがなかったキャラクター達のその理由も正直に書いてあったが、察するに技術的制約の問題も当時は大きくあったとも思う。(河森正治氏も若くてやはり眉毛が太い…!)

 

 

しかし結果的には、27年の時を経て、あれだけの人々がキャラクターへの想像力と好奇心を掻き立て、その喜びを分かち合う世界を見届けてしまうと、これでよかったのだと思えてくる。

それは自分にとっても、少年時代の実体験においてまざまざと感じた「ないものを想像することの喜び」が、そこにあると知っているのだから。


 

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アーマードコア史上 最高のキャラクター達と戯れる

過去作にも当然、魅力的なキャラクターはいた。その姿は絶えず見えないとは言え、それが欠点となるどころか、むしろ長所として生きた姿の想像を促すような魅力が確かににあったのだから、ここまで続いてこれたのだと思う。これは単にメカアクションゲームという側面だけでは維持できない力だ。

 

しかし今作は、今までにも増してそれぞれの人物に異様に惹かれる。なぜか。

それはまず、ガソリンとも食糧とも生命体とも言える超資源「コーラル」が、とある惑星に眠っていると仮定された場合の、考えうる限りの経緯と人間模様を考証した結果だと思える。

権益のためにそこに群がる企業を始め、それを監視と封鎖によって独占しようとする軍事組織に、一方最初の開拓移民としてインディアン扱いを受ける原住民達と、それらの隙間に潜り込む独立傭兵達。そして、この星の過去の過ちを正そうとする者達…という人間社会の構図が見えてくる。

それぞれの組織の思惑には説得力のある背景があり、その背景に地に足をつけて立つ個々の人物達の複雑な関係性。

最後の味付けに"洒落を効かせて"調理された三者三様のキャラクターという個性が、これほどまでに魅力的な生命力を作品に与えることとなった。

 

過去のシリーズにおいても、少なくとも自分が知る限りこれ以上のものはなかったように感じる。それくらい今作のキャラクター達には、人間として惹きつけられる何かがあったのだ。

(純粋に"良い人"が多かった、というのもあるのかもしれない)

 

実際に、自分が珍しくゲームに興じている姿と一緒に、この「AC6」を見ていた妻が「これは完全に乙女ゲー」と評してどっぷりハマっていた。主人公621の周りで戯れるキャラクター(特にイケオジ)たちの構図に、夢想を止めることができなかったらしい…

(世間でも、今作は女性人気が高いようだ)

 

では、実際にその人達に会いに行ってみよう。顔は見えないが、彼ら彼女らのACにその姿を想像することができるという、なんとも愉しい出逢いが待っているのだから。

 

 

ここからは一定のネタバレが含まれていることにも注意されたし

 

 

 

 

 

変な人だらけの「ヴェスパー部隊」

ルビコンに眠るコーラルを我が物にせんとする企業代表「アーキバス」が擁する精鋭部隊だ。早速、本作に見る人間たちの豊かさが、ここにある。

 

V.Ⅳラスティ / スティールヘイズ

個人的理由で部隊番号によらず順不同に紹介したい。最初はやはり何よりも我が愛犬「ファシリティードッグ」の参考とさせてもらった「ヴェスパー4 ラスティ」からだろう。

前述のように、彼は作中随一のイケメンキャラとして登場し、その甘いボイスで主人公こと621を"戦友"と親しみを込めて呼び、紳士すぎるほどの鮮やかな立ち振る舞いでエスコートしてくれる存在だ。後述の「アイスワーム」戦では、本人の姿は勿論のことその機体さえも登場しない場面なのに、遥か彼方から無線を通して放たれる、まさに"堕としにかかる一撃=決めゼリフ"は、数々の夢女子を生み出したという。

 

また、彼の愛用する近接格闘武器「レーザースライサー」もまた、その流れるような殺陣の鮮やかさから「イケメンにのみ使うことを許された武器」なんていう言われ方まで耳にしたことがある。

公式アートブックに掲載されていた「スティールヘイズ」の設定画を見ると、ほとんどワンオフ機に近い形でシルエットが練られていることが分かる。まさに今作における軽量二脚の象徴と言っていい機体ではなかろうか。

ちなみに、これも前述のように「ナインボール・セラフ」との類似点をその腹部以外にも見つけることができる。そのアイコニックな頭部の意匠が、セラフのオマージュと思えるほどの類似性を持っている。兜や顎の形状、カメラアイの位置まで一緒なのだ。

中学生当時、セラフの顔を世界一のイケメンと感じていた自分からの当然の帰結として、このラスティ顔に導かれてしまったとしか思えない。

 

(また余談で、グラフィック全体の挙動のためか、自機より他のACのほうが解像度が落とされているようだ)

 

そして、このキャラクターを最初に紹介したのにも訳がある。

(二周目ではあるが)ラスティが621に対して言う「背景を手に入れろ」というセリフに、まさに今作の物語が目指した"地に根ざした個々人の群像劇"という目標を、自らの言動と行動で体現した何よりの人物だと感じるからだ。そのために彼は、ただのイケメンでは終わらない。ある意味"酔狂に立ち振る舞う凄い人"だ。

これ以上はネタバレになるので控えるが、プレイした方にはきっとお分かりいただけると思う。(実はその機体構成にもヒントがあったりする。ヴェスパーの中で彼だけ"火"の色が違っていたり…)

ラスティ(とその開発陣)に親睦の意を込めて、並んでの記念写真を一枚。


 

V.Ⅶスウィンバーン / ガイダンス

これは見事に、ラスティとは対照的な人物となる。何せ"矮小な人格"と評されているだけに、実際に戦闘中「金はやるから見逃してくれ」となんとも古風な命乞いをしてくる。そして自身の信念など毛頭なさそうな、ラスティに言わせれば"背景なき既得権益の駒犬"といったところだろうか。

スウィンバーンの性格のせいで、せっかくの流麗な四脚もちょっと変態的に見える

武装も「スタンバトン」という相手をビリビリに痺れさせるいわば"お仕置き武器"で、「指導だ!指導!」と叫びながらこれで突っついてくる様は、裏で変態的所業をも犯していないかと疑ってしまう。

 

しかし、撮りようによってはたまに「あれ、もしかしてちょっとカッコいい…?」と思える表情も(その赤いカメラアイのおかげで)あるような気もしないでもない

ともあれ、そんな彼のお願いを聞かずに撃破すると、なんとも情けない悲鳴を聞くことになる。

逆に命乞いを受け入れてあげると、そそくさと逃げていくのだが、後に部隊の品位を下げたとして上司である「V.Ⅱスネイル」によって再教育センター送りにされた、らしい。

(再教育というのは後述もするが、ひとまず"分からせるための躾"と捉えていただいて差し支えない)

 

 

 

V.Ⅴホーキンス / リコンフィグ

同じ四脚でもこうも違うか。ホーキンスさんはヴェスパー部隊の中にあっても真っ当な常識人に見え、喋り方もまったりのんびりした温厚な「良い上司」に思える。スウィンバーンと違って、この四脚の出で立ちにさえ品位を感じる(偏見)

中の人繋がりで言えば、カミーユ・ビダンの「そんな大人、修正してやる!」と暴れ「これが若さか…」とシャアがド突かれていた頃から38年もの年輪を重ねられたからなのか、同じ声質でもまったく違う柔らかさと思慮深ささえ感じさせる。声優さんはすごい。

戦闘中に部下の「V.Ⅷペイター」に「ちょっと頑張ろうか、ペイター君」と言って余裕と冷静さをのぞかせるあたりも、後述のミシガンやウォルターなどとはまた別種の強さと優しさを兼ね備えた「理想の上司像」を滲ませる。単純に自分もこんな上司がいい。

重量級のコアパーツの恰幅の良さからも大らかな印象を与えるし、その格闘する姿さえも、ホーキンスさんはスウィンバーンより心が綺麗に見える(偏見)

しかし、621はホーキンスさんを撃破しなくてはならない。辛い。。そして初回プレイ時、苦戦しながらもついに討ち取ることとなったが、同じヴェスパー部隊の残された部下「ペイター君」はというと…

 

それは後述する。


 

V.Ⅲオキーフ / バレンフラワー

「フィーカの人」と覚えてしまっている。それも、泥水のようなフィーカ(=コーヒー)をすすったり、味気ないレーションを食べたり…うんざりするがそれが人間、というような私情めいたことを、621に呟いてくる。

オキーフについてはうっかり戦闘する姿を撮り損ねてしまったが、上記のようなひたすらに厭世的な言葉と低音の効いた声質(まずイケメン)で、ひたすら重ーい人という印象だけは強く残っている。

その機体にはヴェスパーにしては珍しい緑色が入っており、フィーカという要素と相まってスターバックス」を連想させる(自分で言っておきながら変化球な…)。

だから総じて、褐色肌の(イケメンの)イメージが沸く。

 

後述の「オールマインド」のことも語るが、「先に行くぞ…ラスティ…」と儚げな声でそう言い残し、散っていくこともまた気になる。調べると色々な考察がありそうだが、少なくともラスティとは(やはりイケメン同士だからか)気心を許せる間柄だったろうことは想像に難くない。あの軽量二脚とこの四脚との相性ならば、何かしらの作戦で見事に共闘していたこともあったのだろう。

例の自分がセラフっぽいと話す、腹部のか細い"ピーキー"なコアパーツを二人だけが揃って選んでいるところにも、何かあるのかもしれない。

(あ…あと一人だけ、ペイター君も使ってはいたが、彼はなんだかまた別枠な気がする)

 

 

 

V.Ⅵメーテルリンク / インフェクション

ヴェスパー舞台の中で唯一の女性だ。「真面目」「社名に忠実なパイロット」とあるが、実際に会ってみるとまったくそのもの。一言目から「スネイル隊長閣下に報告」と上司であるスネイルに隊長だけでなく続けて「隊長閣下」とクソ真面目に呼ぶところや(後述するが、スネイルは部下に実際そう呼ばせているくらいに偉ぶっている)、その堅実さが如実に伝わってくる声色もそうだ。

そもそも他の(変人)隊員がマイペースでゆったり喋りがちなところ、彼女は本来の軍人かくあるべきといった感じの早口で端的な業務報告を行う。仕事のできる、組織で重宝しなければならない人材だ。

なのに、当の上司のスネイルは、メーテルリンク捨て駒として使っていた。

ストーリーを周回すれば分かるのだが…ともかくプレイヤーは621としてメーテルリンクを撃破しなくてはならない。既に無人兵器に囲まれ、スネイルに増援を要請していたところに621も乱入するものだから「このままでは…隊長…スネイル隊長!応答を!増援をお願いします!」と必死の要請を続けるもそれは無視され続け、ついに621に撃破されてしまう。

「なぜです…スネ…イル!…ガガガ(途絶える通信音)」と、悲痛な声を上げて死んでゆく。ウォルターの「不憫なことだ。お前を相手にして助けも貰えないとは」と、敵ながら憐れむことには同意せざるを得ない。辛い。。

こういう方を大事にしないと、会社は傾くぞスネイル、と申し上げたい。

 

ポイントなのが「スネイル隊長閣下」呼びだったところが、無視され続ける度に「スネイル隊長」、そして最後には「スネイル」と呼び捨てされるところに、その序列関係も実は信頼なき形式的なものだったとも推測される。

もしくは(駄目な大人の意見としては…)スネイルとメーテルリンクは普段は呼び捨てで語らう"関係"を持っていたが、作戦中は閣下と呼べで通していたものの、この窮地によって本来の人間関係が露わになってしまった、とか…(すいません)

とにかくウォルターのためにも進まなければいけない。紫色のレーザーキャノンは手強いが、最後はパルスブレードで斬り捨て御免…(斬り捨てというより、なんだかおしりをひっぱたいたような画になってしまっている)

(余談で、窮地に陥ったメーテルリンクに逆にやられてしまうと「…スネイル第2隊長閣下、増援要請は取り下げます。失礼しました」と訂正する。ばつの悪そうに、さらに「第2」まで足されているところにも、なんだか社会人のやりきれなさを感じる)

 

 

 

V.Ⅱスネイル/ オープンフェイス

そしてこの人が「隊長閣下」スネイルその人(の末路)である。

早速だが「これはメーテルリンクの分だ!」と、おしりをひっぱたいて懲らしめる。

ひっぱたかれて、絶叫する声が聞こえてきそうな顔をしている(実際にこの後がすごい)。この機体はヴェスパーが所属するアーキバス製ではないよその物だ。図々しくもちゃっかりロゴを刻印して我が物顔としている。

 

この戦闘でスネイルの言う名(迷)セリフ「死んで平伏しろ!私こそが企業だ!!」と仰る通り、まさにスネイルこそが最強の「企業戦士」なのだ。だから会社ロゴを貼るのも彼の立派な職務のひとつなのだ。

そして、断末魔はすごい。

 

「そんな…私は…企業だぞ!?ぐわあああああぁぁぁぁっっ!!!!」

 

最後の最後まで己の職務に誇りを持つ姿。加えて中の人の今作最大級と言っていい迫真の雄叫びに、メーテルリンクを始め他者への非道を尽くしてきた彼であってたとしても、少しだけ申し訳なく思ってしまった。

というのも、戦闘中にこぼす中間管理職的な苦悩の言葉には身につまされるものがあったからだ。自分の話となってしまうが、社会人となってから「曲がりなりにも上と下とに様々な人間関係を持って、社命という名の事を完遂しなくてはいけない役職」を経験したがために…スネイルには悔しくも、同情の念が絶えない。

(だからと言って、メーテルリンクをあんな風に見殺しにしてはダメだ)

 

また最新の「強化人間手術」を繰り返してまで、あくまでも強さを追い求めているという設定がありながら、その上を行く首席「V.Ⅰフロイト」の設定が「ACを駆るのが愉しいだけのただの人間」というのは、それはもう次席に甘んじることとなるスネイルには"強いコンプレックス"が生まれるであろうことが容易に想像される。

もっと穿った見方をすれば、スネイルというキャラクターは、開発陣の悪意(≒愛着)によって全方位の組織や上下の人間やプレイヤー達からも、サディスティックにいじられるように仕向けられ、その憎悪と愛情の表裏一体を一身に背負うべくして生み出された、真に苦労人なキャラクター、とすら思える。

 

ちょうど名前も似ているからか、「ハリーポッター」の「スネイプ」先生に抱く愛憎一体の感覚にもちょっと似ていると思うのは気のせいだろうか。他にも「ドラコ・マルフォイ」にも近しいものを感じる。闇と光の間で彼らは葛藤しているのだ。

要は"板挟み"の人間には、誰しもが人生で経験する苦しいジレンマによって、同情や共感をどうしても誘うものがあるのだと思う。

 

 

では…一度ここで頭を冷やしつつスネイル閣下本来のお姿「オープンフェイス」を拝謁したい。

まさに重量二脚を絵に描いたような流麗かつ圧倒的な筋肉美を見ることができる。前述の軽量二脚が好きという自分でも、こうして統一された一つの美しさには軽いも重いも、細いも太いも、あまり関係ない。これがよく「ササビー足」と形容されるように、シャアの最終乗機にあの重MSがあるというセット感も好物であったことは間違いないのだから。

 

そして特筆すべきはこの「レーザーランス」だろう。

雄々しい肉体だけでなく、そこから突き出される「光の槍」もまた、とても太く、力強さに満ち満ちている。

うっかりしていると、この槍の一突きで簡単に体を貫かれてしまう(度々貫かれた)

「身体に聞くことにしましょう」とは一体どういう感じをイメージして言っているのか…621に向かって放つこの言葉も、この突きとセットのことなのか、もうよく分からない。

そして悪名高い、621を捕縛するために使った「スタンニードルランチャー」の薬莢にはやはりビリビリマークがあった。「スウィンバーン」と一緒でお仕置き癖のある、いやらしい人達だ。

そうとは言え、前述の通りにスネイルは憎むにも憎み切れないところがあるから不思議だ。最初の周回プレイでは聞き逃していたが、こうやってある種、愛でるように観察しに行ってみると"再教育"のことをつらつらと喋っている(再教育とは恐らく脳みそをクチュクチュされることだろう)。ウォルターと共に捕縛された621は一人脱出できた。だから予定していたあなたの再教育は諦めたんだとか。

その代わり、

「そういえば、あなたの飼い主も、実に反抗的でしたよ(ほくそ笑む)」

 

 

「ウォルターのことかああ!!!」

 

愛憎入り混じる、でなく、憎だ。

621の怒りのデスキックが炸裂する。

本当に嫌だけど、しかし妙に気になる人物。人によって、またはタイミングによっては受け取り方が変わるのだろう。そういう人の心の映し鏡のようなところがあるのかもしれない。

ちなみに、妻はこのスネイルにすっかりハマってしまったらしい。「現実ではとても好きになれないけど、物語の世界では無性にクセになってしまう」のだとか。

 

最後に、この「シンダー・カーラ排除」のミッションで天窓から進んでいくと、閣下を見下すことができる(もとい観察することができる)。

他にはないこの視点も一興だ。

 

 

 

V.Ⅰフロイト/ ロックスミス

スネイルのコンプレックスを生み、また実際に頼れる相棒としても登場する、ラスティに次いでまず間違いなく「イケメン」確定の、最強の人だ。

"頼れる相棒"と言ったものの、その性質は文句なく「ヴェスパーの変な人」の仲間入りを果たしており、実際に会いに行ってみるとその実態が良く分かる。スネイルは、621のことを"些事"扱いして余裕ぶっておきながら自身の部隊がこっぴどくやられていくので、開き直るかのように「そのためのヴェスパー1です」と言ってフロイトに頼り切ることに。

戦闘が始まるとフロイトは「なるほど、そういう動きもあるのか、面白いな」と強者の余裕なのか遊んでいるだけなのか、次第になんだか高揚していってるご様子。部隊全体の戦況が変化したのかスネイルから「駄犬は無視してザイレムの制圧を」との通信を「了解した」と空返事だけしてすぐに切ってしまい、621に言う「さて、続けようか」。

まったく人の話を聞いていない。

ここにもスネイルの苦悩が滲み出ている。

この人はその圧倒的な実力で首席隊長に就いてはいるが、"作戦ではなく決闘することにしか興味がない"ように見える。

まるで「一年生の天才トランペット少年が圧倒的自分磨きの努力で早くもエースと称されるものの、吹奏楽部全体の音に合わせることへの興味はなく、ただ抜きん出た才能故の個人練習の自由やソロパートさえ与えられている優遇があり、実力の劣る三年生のインテリ部長が天才によって起こりがちな部内の不和を苦々しくも処理している光景」とでも形容できるだろうか。

(そちらの知識に明るくないので話していて不安になるが…)

 

勿論、その部長はスネイルなわけだが、教員代理の命令にも近い指示をガン無視される。天才トランぺッターのフロイトは"同じ実力を持つ621という奏者"を見つけて「このまま、お前と奏でたい。そういう気分だ」などと言って、このデュエットを絶頂へと到達させるべく、その熱をますます帯びていく。

部長のスネイルは遠くで脱力するばかりだ。

 

そして、フロイトのトランペットから圧倒的な咆哮が放たれる。その音は621から放たれるそれを置き去りにするほどの伸びやかさを見せ、

 

それが空間を切り裂くようにこだまする

 

これはまさに、両雄による見事なデュエットだ。(もうこの辺で阿保な話をやめたい……)

 

気を取り直して…トランペットもとい、こちらのパルスブレードもいいが、フロイトの放つ「レーザーブレード」の立ち振る舞いとエフェクトも見事だ。斬撃の際に変形する様子も、ラスティのレーザースライサーに通ずるイケメンらしい武器感がある。

ちなみに、この機体構成そのものにもスネイルの眼鏡を曇らせる要因が一杯だ(彼は眼鏡オールバックが皆の絶対な共通認識らしい)。自社アーキバスを代表する看板パイロットなのに、愛機「ロックスミス」に使われているパーツの大半はアーキバスの競合「ベイラム」製で固められているという、これがもし「F1」だったらスポンサーから処分されるレベルの自由人ぶりがここにもある。それもこれも、自身が信じる飽くなき強さへの正直な態度からなのだろうか。

フロイトの潔いほどの闘争への誘いは熱く滾るものがあるが、カーラと決めたこの道を行くしかない。

スネイルと同じく、飛び掛かってのデスキックを放つ。

最後までフロイトは621とACを駆って遊んでいたかったようだ。他のAC乗りにはまったく見られない純粋な好奇心が生き生きと宿っている。

(もの作りをする上でも、こう狂おしいほどの欲求がないと強くはなれない、と真面目腐ってフロイトから学ぶような心持ちがした)

ただ、デュエットというので思い出した…あちらは社交ダンスの要領だが、似ているようでまたちょっと違う、"チェンソー紳士"との踊りがまだあった…それは後述していきたい。

 

 

 

V.Ⅷペイター / デュアルネイチャー

ヴェスパー隊の中でも最も下位に位置する第8隊長。そのためか窓口担当として621と話す機会は多い。メーテルリンク同様、若々しくハキハキとした口調で好青年そのものだ。

前述の上司である「ホーキンスさん」との同ミッションにおいて、その上司から先制すべしと撃破すると「馬鹿な…第5隊長殿!」「う…ううっ…」とその死を悼み泣き始まてしまう。あんな得難い「理想の上司」なのだから、こちらとしても辛い。すまない…

しかし、

 

「第5隊長…ペイター。ううっ…悪くない響きだ(口角が上がってる)

 

と言い始める。これには呆れた…

上司の空席に自分が座れる喜びを、上司の死を嘆く感情と同時に成立させてしまうサイコパスだったのだ。そのためか、彼の機体「デュアルネイチャー」(二重の生まれ持った性質の意)の顔は、もしかしたら一番怖く見える。シリーズ伝統の「アンテナ頭」の枠ではあるとしても、今回は特に"人ではない異形のきもさ"が漂っているし、またじっくり見ているとなんだか「アバター」などの洋画に出てくる異星に生息してそうな、畏怖の念を覚える森の主にも見えて、それはそれでちょっといい。純粋で崇高な生き物だ。

でも、その後ペイター君に倒されると…

「ヴェスパー第5隊長ペイター…やはり悪くない響きです。ありがとう…ホーキンス」などとのたまう。もはや呼び捨てにしてるし。

 

これには(妻共々に)ドン引きした。皆さんもきっとそうだろうと思われる。

後に、621によって殺害された「先輩オキーフ第3隊長」に対してもそんなことを言っており、しぶとく生き残り続けるペイター君についに引導を渡す際には、結果的に得ることとなった高い地位と、現実の自分の実力との乖離に関して、まったく考えが及んでいない様子を見せ、これにも(妻共々)ドン引きしたのだった。

(気になる方は是非ペイター君に会いに行ってみてほしい)

ヴェスパーの変な人達のなかでも、恐らく最も変な人だ(斬り捨てた際に股間が光って、なんだかゴールデンカムイに出てきそうな人の画になってしまったが、本当にあそこに居てもおかしくなさそうだ)

なので、最後の紹介とさせてもらった。

 

 

 

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その他の戯れ相手

既にすごく長くなってしまい申し訳なく…以降も随分と人物紹介にかかってしまうので、一旦箸休め的にその他の敵(戯れ相手)に会いに行く。

 

まず敵重四脚MT(作業用メカ)とツーショット。MTの中でも強いこいつは、普段は敵ながらこの時だけは味方となる。だからか一気に親近感が沸いての一枚。

 

次は逆にシリーズ伝統とも言える最弱の逆関節MT。もはやガンダムの「ボール」扱い。これも「河森正治」氏がマクロスの敵機体のセルフオマージュとも言える形で、初代の頃に設定されたものが脈々と受け継がれていると感じる。とにかく貧弱でかわいそうだが。

(本当は、これを凌駕する最弱さとして「ヘリ」がおり、マシンガンの弾一発で死んでしまうほどだが、ヘリはヘリなので、割愛する)

 

また、作中随一の"かわいい奴"として「カブトガニ」と勝手に読んでいる子がいる。

旧時代の地下坑道の中で誰に頼まれるでもなく、一生懸命に修復作業に励む姿には萌えが存在する。とにかく動きがかわいい。


基本的には無害だが、ところによっては作業の邪魔をしてしまったからか、これまたかわいい「えいっ」といった火を噴かれ、APが少しだけ減る。(写真だと股間が大変に見えるが)

 

そして中にはミールワームというこんなキモイ"生物"まで出てくる。この星の開拓民が食べていたらしいというから驚きだ…。しかし基本メカの世界にあって唐突に生物が出てくるのも初代からの伝統だろうか。初代は確か「女王蟻」のような奴まで出てきた覚えがある。メカと生物、で言えばさらに遡って「パトレーバー」の「廃棄物13号」を思い出す人もいるかもしれない。最初の原点はどこからなのだろう。

 

 

これはまったくの敵ではない、背景に移るただの車。しかしACという人型兵器を俯瞰して見る上でも、ちょどいい指標になる。ACは建物3~4階分くらいの身長なのだろうか。また、これも河森氏が提唱した、中心となる胴体「コア」の中に操縦席やエンジンなどの重要なものが"車"のようにして凝縮されている、という概念にも納得するような、本当に車サイズの胴体であることも分かる。重量級コアならばさしずめ"装甲車"といったサイズ感になるのだろうか。

また、ステージ内で様々な小物への当たり判定が設定されており、それを探すのもまた一興だ。とく埠頭などにありそうなコンテナをコツンと蹴る姿はブロック遊びをしている様でちょっとかわいい。

 

これにはあまりにかわいそうで何度見かした。ログによると罪なき被害者のようで"RaDの歓迎"とのことでACごと溶鉱炉に放り込まれたらしい。かわいそすぎる。。

ドロドロになってしまっているが、自分と同じラスティー顔を使っていたとギリギリ識別できる。

 

 

 

 

とんでも兵器の見本市「ボス機体」

冒頭の公式PVでもあったように、今作のボスは今までにも増して多彩だ。無人のものも多い。全ては載せられないがそのうちの幾つかを。

 

まずはファーストミッションでいきなり初心者殺しにかかってきた超巨大ヘリ、通称「ルビコプター」だが、そういえば個別に写真を撮っていなかった。後述する「元レイヴン」の写真を撮りに行ったときにたまたまボケて映っていたものを…。(自分にとって写真を撮り始めるようになった、最初期のもの)

 

 

こちらはラスティと顔合わせとなるミッション「壁越え」のジャガーノート。型式番号が見える。そこから読み取れる情報もあるのだろうか。ともかくそのデカさにしては速すぎる。

何度も通ううちに、ミッション開始時から当の壁の上にちゃっかりいたことに今更気が付いて、ぞわり。ちゃんとこっちを見るから怖い。

 

 

これが例のスネイルが我が物顔に使っていた「バルテウス」。ミサイルの嵐がどこを撮ってもとにかく画になりやすい。そんな風にして射出する必要があるのかコスパに疑問を感じるとんでも機体ではあるが、とにかくゲーム上の派手さは見事だ。

よく見るとちゃんと元の持ち主「惑星封鎖機構」のロゴが貼ってあった。しかし企業戦士スネイル閣下は、自社のロゴを貼る前にこちらをちゃんと剥がすことが最初の仕事だったらしい。

 

 

宣伝でも印象的に登場していた「スマートクリーナー」。あまり過去作には覚えのない掃除用ロボの転用というとんでもさ。一周目の時はジェネレーターの弱いものしか持って行けずで、ドカドカ殴られて何度も死んだ方は多いはず。するとカーラの嫌味を何度も聞くことになるので、最初の印象は悪かったのかも…

 

 

すぐ次に登場するボス「シースパイダー」。戦闘中の写真を撮り忘れていた…唯一あったのがこれだが、そこから飛び出してきたのね君、と撮った覚えがある。

ちなみに、自分は一周目で最も苦戦した相手でもある。(…アプデでなかなか弱体化された様子だ)

 

 

「エクドロモイ」という響きが面白くて、なぜか我が家で一時期口癖のように流行った機体だ。ACに比べて一見不格好な姿に見えるが、特にレーザーランスで突撃してくる時のイケメンかも…と思わされるポージングには魅せられた。

 

 

これが、上述の"ラスティが堕としにかかった"という氷原の化け物「アイスワーム」だ。条件によっては、この世界観の中で最も強いのでは…とすら思えるとんでも兵器の代表格だ。

ちなみにこのミッションでは、敵の敵は味方ということでライバル企業の「アーキバス」と「ベイラム」の共闘と、ならず者集団「RaD」までもが協力して退治しに行くことになるから熱い。このミッションは要は「ヤシマ作戦」のような緊張感もあるから余計にだ。

スネイル閣下は「寄せ集め各員、統率を欠かないように」と相変わらず偉ぶるし、後述のAI「チャティー」の死の概念にまで興味を持ったりする。これまた後述の鬼軍曹「ミシガン」には対アイスワーム用兵装を忘れようものなら「持ち物の確認は遠足の基本だあ!」と、ど叱られるのもバカバカしくて面白い。とにかく面白い人がわちゃわちゃ戯れているから、このミッションは面白い。

 

閣下は偉そうなことを言っておきながら、途中でやられてしまう(脱出はしてるはずだ)が、後でいがみ合うことになる「イグアス」と並んで寝ているのも見つけて、なんとも情けない…

そしてやはりラスティが決める一撃はすごい。この臨場感は是非体験してほしい。

 

 

621の先輩格にあたる「620」や「617」達を殺った憎むべき相手「カタフラクト」だ。

「これは先輩たちの分だああ!!」と言わんばかりの写真を。

発売前の公式ストーリートレーラーにこの前日譚が見事に描かれており、一見の価値ありだ。この写真は、愛犬「ファシリティードッグ」がそんな兄弟たちの仇を取ると誓ってのことだった。

 

もう一度やって来て、やはり怒りのデスキックも入れておいた。

 

 

地下に潜っていくと技研都市を守備するために現れるのがエンフォーサーだ。

他のボスと違い、まるで人同士の決闘をしているような感じがする。デザインもどこかしら懐かしさを覚えて見ていて楽しい。ちょうどセラフくらいの大きさだろうか。

左手にアイアンマンのような光が見える。また刺突のような攻撃時のエフェクトがまるでユーフォーテーブル版「Fate」のようなグラデーションを帯びるのもカッコいい。

 

ただ、初対面時の姿はキモい。

(初回プレイ時は姿を捉える間もなく逃げてしまうが)

 

ここまで来て、上記「ジャガーノート」と「スマートクリーナー」以外の全部が「惑星封鎖機構」というルビコンを監視する軍事組織の所有機、ということを思い出し、アーキバスもベイラムも一企業としてよくこんな所に殴り込んでいくなあ…となる。が、アーマードコアはいつも企業が主役とも言える。

でも付け加えれば、主人公というイレギュラーが"ファーストペンギン"として企業に先んじて難敵を倒してしまいがちだから、というのもあるが。実際今作のスネイルはそういう主人公あるあるの特性を利用して、ゴールまで案内(露払い)させるという(ある種メタ的な)戦略をとっているとも言えるのだろうか。

 

 

では、そのゴールにあたる「ルビコン技研都市」に到着すると、ヘンテコな敵がたくさん現れる。半世紀経っても稼働し続ける旧時代の無人機達だ。そのデザインはどれも、ちょっとずつキモい。

特にこの骸骨車輪こと「ヘリアンサス」はかなり不気味。

シリーズの伝統名物「月光剣」が隠されていると聞いて行ってみると(少なくとも自分は…)まるでゴキブリが密集して集まっているような、そら恐ろしさを感じた…。そのステージ構成には、フロムの悪意と、月光剣への愛を感じた方は少なくはないだろう。

 

 

そして最終到達地点に現れるボス、アイビスシリーズ」と呼ばれる今作中もっとも華麗な立ち振る舞いで621を翻弄する強敵だ(これも無人機だ)。その鮮やかなアニメーションには見惚れるばかり。慣れてくればその高速戦闘の中で逆に翻弄しつつ、リズムよく斬り捨てられるようになるので、どのボスよりも一緒にダンスを楽しめる感じがする。

ただ、その華麗さとのギャップからか一旦撃破して沈めると…なんだか竜宮の使いかシロナガスクジラが岸に打ち上げられて死んでいるような、崇高な存在の死体を見ることの不気味さと残酷さが立ち現れてくる。使役者を失った、儚きラピュタのロボット兵にもどこか重なる。かわいそうな存在だ。

 

やはりどこか海洋生物を思わせる意匠だ。キュベレイの末裔ともとれる。好きなデザインだ

 

 

(あくまでもゲームを楽しんでおられる方々には余計な話と承知しつつ)

この空中強襲艦は、艦橋を叩くことであっけなく沈めることができるわけだが、その搭乗員が多数いたであろう場所に残る生々しさをじっくり見ることで、ゲームをするプレイヤーとしてはあまり感じなかった罪の意識が、こういう観察行動によって初めて生まれる。そのことに自分はちょっと怖くも感じた。



 

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熱き男たちの遠足「レッドガン部隊」

ようやくヴェスパーと対になる「レッドガン部隊」を紹介できる。二大企業のもうひとつ「ベイラム」が擁するAC部隊だ。さあ、早速会いに行こう。

こちらは部隊を象徴するナンバー1から。

 

G1ミシガン / ライガーテイル

まずこの一枚の写真が「ガンズ1 ミシガン」を象徴していると感じた。奥からこちらに向かって来るのが彼だ。

本来は「総長」なのだが、どうしても「鬼軍曹」と言いたくなってしまうのは、やはり映画「フルメタルジャケット」に登場するアメリカ軍のとある鬼軍曹をパッと思い出してしまうからだろうか。同じようにアメリカンジョークともブラックジョークとも言えるめちゃくちゃな煽り方で、新米のケツを叩きに叩く様子からだ。

ライガーテイルの姿は今作の四脚ACの中で随一のカッコ良さと感じる

部下である「イグアス」や「ヴォルタ」がちょっとでも調子づこうものなら、無暗やたらに圧倒的な語彙力で黙らせる。しかもその二人ともを"役立たず"呼ばわりで、初めて会ったばかりの621に対しても勝手に部隊の空きナンバー「G13」を貸与して「貴様はうちの役立たずに付けられた安いおまけだ!」となんとも強引に"遠足という名の作戦"に連れて行ってしまうのだ…やっぱりめちゃくちゃな人だ…。

(ちなみに過去に勝手に因縁をつけてきたイグアスとヴォルタに、顔面が変形するほどの鉄拳制裁をお見舞いし「青少年の健全育成」のためとして二人を引き取ったのだとか)

 

しかし、そんな鬼軍曹ミシガンも、話を進めていくとその表情が多面的に見えてくる。

 

前述のアイスワーム戦では、それまでの621の活躍を認めてか、固い信頼と手厚いアドバイスで背中を押してくれる。批評家気取りのスネイルをたしなめながら「G13、不言実行の手本を見せてやれ」と静かに声援を送ったり(主人公621はゲーム上無言だが"不言実行の手本"と言うからホントに無口なのか?)、そもそも621は正式な隊員でもないのに、あくまでもその実力を買って大役を任せるところからして器が広い。

(これも前述したが、逆に621が阿保な失敗をするとど叱られるが、こういうことにさえ最初の信頼なき扱いとはニュアンスがどこか違っている)

心なしか、彼のAC「ライガーテール」の顔も「威圧する蜘蛛の意匠」の通りの恐ろしさと、同時に家臣を見守る老練の武将のような、多面的な造形にも見えてくる

なのに、傭兵稼業とは残酷なもの…そんなミシガン率いるレッドガン部隊を殲滅しなければならない時がやってくる。そこで、彼の本当の優しさを知ることになる。

 

それには幾つか理由があるが、まず第一に部下の名前も性格も全員を覚えているらしいと分かるからだ。油断する部下には厳しく𠮟責し、負傷した部下には自分の代わりに物陰で隠れていろと促し、またある部下には激戦の中でも勇気づけるようなアドバイスを送る。それに後述するが、この時点で既に部隊を逃げ出していた「イグアス」のことを馬鹿にする部下には例えイグアスが"放蕩息子"であってもその尊厳を守るかのように叱責する。それら部下への名指しの「叱咤激励」のひとつひとつが、どうやら部隊内の面子の名前と顔と性格が完全に一致した形で、各々を的確に導いていくのだ。

これは、組織の頭を張るうえで必要不可欠な資質だ。日頃の部下との対話を尊重するという彼の姿勢も伺える。

そんな彼に応えるように、隊員全員が「総長」「総長!」「総長を援護しろ!!」とミシガンへ全幅の信頼を寄せていることも伝わってくる。部隊のほとんど全員からやっかまれている「スネイル閣下」とは、天と地ほどの差がここにある。

 

まさにミシガンこそがカリスマ性を持った真のトップなのだ。

 

最初の一枚がミシガンを象徴していると書いたが、あれは50機以上の隊員と戦闘を繰り広げる中で、整備が完了した彼のAC「ライガーテイル」がついに登場した際の写真だ。621が隊員を次々と葬っていくところに、それをやめさせんと飛びかかってくるのだ。この戦闘中には、実際にそういう風に感じられるような場面が幾つも現れる。

例えば彼のACが放つ「パルスプロテクション」という巨大な光の防護壁も「歩く地獄」として恐れられる程の彼の戦闘スタイルの中でもめずらしい兵装なのだが、なんとそれを使って621から隊員を守ろうとするのだ(自分の気のせいかもしれないが、もしプラグラム上本当にその意思で動いていたならば凄い)。

また「太陽守」として知られる大量の炸薬をばらまく攻撃も、それによって火の壁を作り出し、部下から621を遠ざける(これも自分の想像かもしれないが)。

まさに攻守一体となって家族である隊員達を守り、また共闘しながら、イレギュラーである621に全力で向かってくる。

(前述で「男たち」と書いたものの、MT部隊の中には女性兵士もいる。そしてミシガンは男女分け隔てなく彼ら彼女らを扱う)

このミッションは、621(プレイヤー)にとって物理的にも精神的にも辛いものがある。しかし傭兵としてそんな情を挟もうものならあっという間に蜂の巣にされてしまう。もしミシガンに倒されると「戦闘は終わった、救護班は降りてこい!負傷して喚いている根性なしどもをまとめてベッドにつないでやれ!…」と、勝利を喜ぶでもなく真っ先に部下への労りを見せるのだ。それも今までに聞いたことのないような優しい口調で…

 

しかし、逆にミシガンを撃破すると、そこでも彼はどこまでも強く優しく、誰に対しても配慮のある言葉を、鬼軍曹らしいジョークたっぷりな皮肉で言ってのけ、そして散っていく。

このミッションは皆まで書いてしまうともったいないような気もし、もし未見の方には一度体験していただきたいところだ。

ミシガンはある意味で「理想の上司像」の一つだ。ホーキンスさんやウォルターとは違う令和の時代にはなかなか成立しずらい家族体系的な組織像だが、それでもこの部隊にはどこか憧れてしまう自分がいる。

 

初対面で強引にも与えられた部隊ナンバーはあくまで仮のものではあったが、それをくれたミシガン総長に敬意を込めて、愛機「ファシリティードッグ」にはその「G13 」のエンブレムも貼ることにしている。

彼の古巣ファーロンダイナミクスのロゴも、このためのものだ



 

 

 

G2ナイル / ディープダウン

レッドガン部隊のナンバー2。警官を絵に描いたような感じの人だ。設定的には過去にミシガンと別組織で対立し、軍警としてミシガンを捕まえようとしていたもののミシガンがあまりにも強すぎて、ついには直接酒を酌み交わすことで話はついた、らしい。こういうところも"男たちの仁義ある世界"といったレッドガンの印象そのものだ。

彼のAC「ディープダウン」も絵に描いたような"逆三角形"型の体系をしており、頭とのアンバランスさも手伝って、肩や膝にはまるで機動隊員のプロテクターを装着した装いさえ想起させる。こちらにもキャラ設定担当とデザイナーとのタッグの妙が表れている。

また、夜景の中で放たれる実弾と爆発系武装と相まって、まさにハリウッド映画の「銃と爆発」のメソッドをも彷彿とさせるアメリカンポリス感がある(あとお酒かロマンス、もあったような気がするが、詳しくはないので割愛…)。洋画俳優の筋骨隆々なタフガイの風貌なのだろうか。

ミッション的には、この写真の背後にいるヘリ「解放戦線」の面子を護衛する必要があり、最初はてんてこ舞いだったためにナイルがここにいたことも分かっていなかったが、これも観察の中で、彼とミシガンとの関係などに思いを巡らすことに。

 

 

 

 

G3五花海(ウーフアハイ) / 鯉龍(リーロン)

戦っていると何故かいやらしい感じがする人。というのも設定的に過去に「市民生活を蝕む病理」とまで言われた悪徳商法の詐欺をしていたらしく、それを警官ナイルに叩きのめされて今に至るんだとか。

しかも、競合アーキバスの「メーテルリンク」と共に現れ「ベイラムはとんだ泥船でした」と言って、ちゃっかり寝返っていたことが分かる。口調としても「スウィンバーン」をもう少しまったりさせて"スピってる"方向にした雰囲気に思え、熱きレッドガン隊員らしくない。だからこそ飄々と鞍替えしたのか。

しかし鞍替えしたわりにレッドガンのエンブレムを貼りっぱなしにしていたり、ヴォルタの面倒を見ていたり(悪知恵の方で…)、また風水があれこれとかの影響で清王朝時代にいそうなエキゾチックさもあったりするためなのか、巷ではちょっとした人気があるらしい。見かけるその想像図はCLAMP作品に出てきそうな中華系丸眼鏡キャラ」で描かれることが多い気がするのは、自分だけだろうか。

(実際に初代の時点でも、まるで紫禁城の中にでもいそうな装いの人物もいた。設定画のみだが)

ただ、それでもミシガン総長の事を思うと、こいつ!となってバッサリ。すぐ次に行かせてもらう。

 



 

 

G4ヴォルタ / キャノンヘッド

ガチタンACを背負って立つ分厚い胸板と、家系ラーメンがこれほど似合う男はいない。

ミシガンの項で話した、同じ"役立たず"呼ばわりされるブラザー「イグアス」とのコンビ感がいい味を出している。イグアスがキャンキャンと喚く威勢のよい小型犬としたら、ヴォルタは普段は賢く温厚ながら必要となれば勇猛果敢に戦う大型犬、といった感じだろうか。

621はミシガンの遠足に連れられて"三人の役立たず"として最初は共闘するが、三周目ルートでは「解放戦線」の側につくことになり、その遠足を頓挫させてイグアスとヴォルタを同時に倒さなくてはいけなくなる。これは大変だ。

ヴォルタに負けると「余計な仕事を増やすんじゃねえ…殺すぞ」とどすの効いた声で脅され、す、すいません…という気持ちになる。

こういうところからも、スネイルほどでないにせよ「計画」や「予定」を仕事人として効率よくこなしていこうとする賢明さが、そのゴツイ物言いの裏に垣間見える。

実際に対比としてのイグアスが、後の「壁越え」に関する恐らく漏らしてはいけない情報を披露することで621にマウントを取ろうとし、早速ミシガンに「その口を縫い付けておけえ!!」とド叱られている。それは自身の感情マネジメントの下手くそさから来ているだけの浅はかさとも言え、仕事人としては失格の部類だ。

対してヴォルタは(違う文脈においてだが)、ブラザー(弟分)イグアスに対して「熱くなりやがって、馬鹿みてえだぜ」とも言っているのが象徴的に響く。ヴォルタには、言葉使い自体は荒いが常に「冷静」さを失わない頼れる兄貴像が感じられるのだ。これは脇役ながら意外に人気の出るキャラクター像かもしれない。(いい旦那になる可能性さえ持っている)

 

面白いのが、敵陣の露払いが一旦終わったところで、なんとも呑気に突っ立ているイグアスに対して、ヴォルタは621へ常に銃口を向けてくる…このどこの馬の骨とも知れない独立傭兵が勝手な事をしでかさないかと、見張っているのだ。まさに「余計な仕事を増やすんじゃねえぞ」と無言の圧力をかけられているかのように。仕事人としての緊張感と冷静さがイグアスとはまるで違う。

しかし、ある意味その真面目さからか、後に上層部によって命令される無謀とも言える作戦「壁越え」に参加することとなり兵糧乏しい中、解放戦線の猛反撃に遭う。

621が駆け付けた頃には、時すでに遅く、彼は息絶えていた…

イグアスは恐らく前述の情報漏洩の失態から、この作戦から外されていた様子らしい。

真面目で、いい奴から死んでいく…どこかで聞いたことのあるような、そういう戦争の一側面をここにも見てしまう。

 

 

 

 

G5イグアス / ヘッドブリンガー

この記念写真が、ヴォルタとは雲泥の差の、イグアスの緊張感の乏しさを表している。次の敵陣がやってくるまでの間、コックピット内で呑気に頭の後ろにでも腕を組んで「めんどくせえ」などとやってそうである。

ヴォルタに対して「喚き散らす小型犬」「感情マネジメント下手」「計画性のなさ」という、平たく言ってチンピラというキャラだ。

しかしその割にいざタイマンを張ってみると、その威勢の裏に包み隠す「小心者」の姿が垣間見える。代表的な特徴としてはそのシールドにある。例の「タキガワ・ハーモニクス」製のパルスシールドだが、これの特性を生かして彼は「常にシールドでガードし続けているのだ」。誤解なきようにお伝えすると、シールドそれ自体は大変有効な装備であり、猛者の方々はこれを使いこなしつつハッキリとした戦術と攻めの姿勢を忘れずに戦っておられる。だがイグアスの戦術にはハッキリとしない「逃げ腰」にも思える攻めの弱さが感じられる。いかんせん火力においても"そこそこ"の射撃武器を何の工夫もなく撃ち続けているだけだからだ。それも盾で逃げながら。

よく言えば、手堅くバランスのよい装備と戦術、と言えるのかもしれない。しかし当の本人の威勢の良い言動に対して、その行動が釣り合っていないように思う。

よって、ヴォルタ兄貴よりも簡単にのしてしまえる。ただしヴォルタが混じって二対一となった場合、この火力不足と"勇猛さ"を補う形で襲ってくるために苦戦するが、イグアス一人では、621に到底叶わない。

そんなこんなで、威勢だけの小心者なイグアスは、物語を進めるほどに621のことを「野良犬」と呼んで嫉妬と憎悪の念をふつふつと貯め込んでいく。しかし、他の主要人物達の存在と強烈なボスとの応酬によって、初見時は621であるプレイヤーとしてはその存在感すら正直薄い"一チンピラ"という風にしか覚えられていなかった。そういう方が多数だったと想像する。

 

まさに、この「俺のことを見てくれない」という状態こそが「認められてこそのいっぱしのヤンキー」というアイデンティティーを崩壊させ、彼を奈落へと突き堕としてゆく。

そういう風に、プレイヤーの関心を誘導し利用しながら、その逆張りによって生み出されたキャラクターとも思え、怖くもなる…。また、それがこの作品のルート性のストーリーシステムが活用されることによって増幅されている。つまり、一周目ではプレイヤーには脇のチンピラ程度の認識を与えておきながら、最後の周回でそれを逆手に…これ以上は皆まで言わない方がいいだろう。

なかなか見向きもしてくれない野良犬621に、物語後半で再挑戦してくる姿がある。実はそこで彼の機体構成は変わっており、例のシールドを攻撃用の武装に換装している。ここにも、彼が徐々に捨て身となってもあいつを倒して分からせたい、という焦りが見えてくる。

そして、前述のレッドガンから逃げ出した後と思われるその機体構成には、やはりレッドガンを捨てたらしい形跡が見える。ミシガンからもらったエンブレムをも剥がしてしまっている。だから放蕩息子なのだ。

 

しかし、それでもイレギュラー621には叶わない…同じ世代の強化人間手術を受けているはずなのに、俺とお前とで何が違うんだ…と言って散っていく。

 

余談だが、あるルートで登場するイグアスに代わって登場する独立傭兵「コールドコール」は621に対して「たまには弱者の気持ちを慮ってやるんだな」ということを言う。どうやら、小心者のイグアスがこの「殺し屋」に直接依頼して差し向けたらしいと分かる。

この言葉と、イグアスの行動それ自体にも、彼がダークサイドへ落ち込んでゆく姿が容易に想像され、元となる理由は違えど「SW エピソード3」のアナキンを見るような辛い気持ちが沸き起こる…


本当に、ここではその結末を語らないようにしておくが、このままだとなんだか辛いので…せめて"三馬鹿役立たず"同士で仲良く遠足に行けたあの頃の、思い出の記念写真を載せて終わることにする。

 

 

 

 

G6レッド / ハーミット

この子は、ある意味もっと辛い…。戦前の英雄に憧れる戦後昭和の真面目一徹少年と形容できようか。

部隊最年少にしてレッドガン部隊に入隊。少年時代に見たミシガンの雄姿に憧れ、貧しい兄妹を養いながら死に物狂いでここまでやってきたのだ。苦労人という他ない。

しかし前述の通り、当の総長を始めレッドガンは壊滅していく。その悲惨な状況の中で初めて彼と対面することになるのだが、これはルート分岐上621がレッドガン殲滅を行っていない場合だ。それでもどのみち、レッドガン部隊はそうなる運命だったのだ。

 

仲間が死んでいく中、地中深くに一人残されたレッドを621は救うことになる。G13、貴様には何度も協力してもらったな…と、燃え盛る炎を背に、彼は静かに礼を述べる。

 

 

「…だが!」

 

くるりと踵を返し、なんとレッドは621を攻撃し始める。(ここはセリフをそのまま引用したい)

 

「ミシガン総長も…先輩たちも死んでしまった…」
「G13! 俺にはお前が死神に思えてならんのだ…!」

 

「こいつが…レッドガンに来てからだ…」
「死神がいる限り…俺たちの悪夢は終わらないんだ!!!」

 

「イグアス先輩…まさかあんたもこの死神に…!?」
「クソッ…! !ちくしょうおお…!!!!」

 

家族と共に希望を持ってここまで走ってきた彼は、誰よりも真面目で一生懸命に生きてきた。現実は残酷にも彼の全てを奪い、地獄にも思える地の底に彼を放り込んだのだ。そして精神を保てなくなった末の暴走

 

やらなければこちらがやられる……!

 

「G13…レッドガンの…悪夢…」

 

ある意味、ゲームのプレイヤーとは、そのゲーム内の誰かにとっての悪夢そのものかもしれない。

 

レッドガン部隊は、ミシガンを始めとして「愉快な遠足」を一緒に楽しむことができる熱き存在という印象がまず先立っていたが、実際にはレッド君に象徴されるような、全力で生を全うしようともがき苦しみながら頑張る何よりも「一所懸命」な人間達だったのだ。そして、こんな真面目に生きている人達から死んでいってしまうという残酷さ。だからレッドガン部隊はヴェスパー部隊に比べて書くのも辛い、諸行無常の想いがあった。。。

 

 

 

 

※企業が中心ということで、この時点で自分でも呆れる程の長さになってしまった。同じく呆れて離脱される方も多いことと思い…ここからはなるべく手短に。

(とは言え、企業外の人達も大変魅力的なので、削るのが難しい…)

 

 

 

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変態技術者集団「RaD」

ルビコンで活動するならず者集団。なんといっても、そこから生み出されるACパーツの他に類を見ない奇想天外さは、何よりもこの集団の変態性を表している。

(地味に、621のアイコンとしても親しまれている初期機体もこの者達が生みの親であるということも…色々考えは巡る)

 

シンダー・カーラ / フルコース

前述もしたが、最初こそカーラの言う通り「不幸な出会いだった」気もするが、どんどんと感情移入していく洒落た女性技師にしてRaDの謎のボスだ。個人的にはその最初の出会い「グリッド086侵入」でカーラが「歓迎の花火」と呼ぶ爆発物を先に狙撃すると「おやっ!あんた、勘がいいね~」と言って感心してくれたのが、ささやかに嬉しかった。

621がスネイルに捕縛された後に、貧弱機体で脱出の末に死にそうなところをカーラが助太刀してくれる。「姉御…ついて行きます」という思いでその背中を追った。しかしすぐ後に、この物語は621に辛い選択を迫ることとなる…

 

 

チャティ・スティック / サーカス

カーラが生み出した茶目っ気あるAI。621がカーラの仕事に応えると「ボスが嬉しそうで自分も嬉しい」ということだけでメールしてくるのが可愛い。愛でたい。

そう言っておきながら、これを撮った時にはごめん…という気持ちになった。並んで撮るだけでサイコパス感が。。でも一応、君を救おうとはしたんだと…このミッションでフロイトにあっという間に斬り捨てられてしまう君をだ。実は救うことができるらしいのだが、難しいのでその未来は未だ叶っていない。

 

 

インビンシブル・ラミー / マッドスタンプ

全部は覚えていないが、毎度アーマードコアの最下位にはなるべくしてそうなっている理由があった気がする。唯一覚えているのは「地雷伍長」だろうか。そういえば、彼も黄色だったな…

 

 

オーネスト・ブルートゥ / ミルクトゥース

プレイ済みの方なら言わずもがなの「変態」なので、カーラ同様「かける言葉もないよ…」という気分だ。前述の「チェーンソー紳士」と勝手に呼んでいたのがこれだ。"元"RaDであり、立つ鳥跡を濁しまくって逃亡したらしく、カーラいわく"掛け値なしのクズ"とのこと。

それでも一応唯一無二の凄い機体ではあるので、最低限は付き合うことに。

チェーンソーに火炎放射器まで加えた異常者の道具、「悪魔のいけにえ」に出てきたような同類(=ご友人)の被り物みたく表情が見えない不気味な能面を被って、「新しいご友人!さあ楽しみましょう!」などと言いながら本気でダンスを申し込んでくる。

嫌々ながら一応それっぽい写真だけ撮ってあげる。

 

「ちかよんなヘンタイっっ!!!!」

 

やっぱり相手にしていられなくなり、生理的無理デスキック。

このヘンタイが気になる方は、他にもっと熱く解説されている方のものを参照していただいた方が良い気がする。自分はどちらかというと、「カーラとエアの側」だった気がする…

 

 

 

 

 

自由を謳歌する「独立傭兵」たち

伝統的には本来彼らこそが主役だが、本作は組織陣の面子にある関係性の妙からか、そちらに目が行きがちだ。しかし、彼らには彼らの奥深な魅力が宿っている。

 

スッラ / エンタングル

強化人間手術の最初の世代で、その成功率一割の生き残りらしい。ウォルターとどっこいどっこいの老境の域と思われるが、馴れ馴れしくも(いや深い関りがあったらしく)ウォルターにネチネチ嫌味を言ってくる。前述の621の前にいた先輩たちの名を挙げつらいながら「私がやったのは何番だったかな」と、ウォルターにとっては大事な愛犬たちを何匹も殺されてきたであろう、辛い過去を抉ってくる。

また嫌らしいことに、初心者621にはまだ早い「キック」をやたらにぶち込んでくる。まさにウォルターの愛犬をこうして足蹴にしてきたと言わんばかりに。

初心者を卒業した後…

「ウォルターをいじめる奴はこうだ!!」と同じ格好でデスキックを入れにいく。これを是非おすすめしたい。

そしてその死体は「彼の傍らには死の気配が漂っている」と噂されていたように、他の誰よりも"死体然"としていた。

 

 

「ブランチ」と呼ばれる集団が後に登場するのだが、それぞれが独立傭兵という特殊な集いだ。ここに、アーマードコア6を背負って立つ「看板機体」がいることにも、この集いが別枠扱いということが表れている。実際に、全員強い。

彼が「キング / アスタークラウン」だ。シールドでガードしつつも、通称「破壊天使砲」を始めとした高火力武装で攻めの姿勢を忘れない、逃げ腰イグアス坊やに見せてやりたいくらいの、ランク3位の強者「完成された傭兵」だ。このミッション自体もブランチメンバー大集合になるのもあって、高難易度で有名。

 

僚機とのフランクな関係を見せてくれるが、すぐさまに撃破して次へ。その相方「シャルトルーズ / アンバーオックス」と対峙する。タンク乗りとしてはヴォルタを抜いて最高位の5位の実力者。「見つめあうと死ぬ女性傭兵」として恐れられるほどだ。

個人的にはキングはシャルトルーズのことが気になっていると妄想してしまう。キングはその名の通り、生徒会会長のような律儀かつ気取った態度でシャルトルーズをいちいちリードしようとするが、生徒会副会長の彼女に「偉そうにしない!友達なくすよ」と毎度軽くあしらわれている。その関係が、あるあるだけどいい。

基本的にキングを先に落とすと「名前負けしてるわ、あの馬鹿…」とか、後から合流する別僚機に「キングの馬鹿ならもういないわ」と、「アスカ・ラングレー」よろしく「あんた馬鹿あ?」が口癖であるためか、結局キングのことが後々気になっていきそうな未来も想像させる。シャルトルーズの癖になる声質と物怖じしない口調、凛として姿で、キングを尻に敷いている画も浮かぶ。素敵だ。

(ちなみに、結果的に3機も相手にする中でシャルトルーズ以外を撃破してから彼女にやられてしまうと「ふたりとも 先にいっちゃうとはね… 立て直すのは… 辛いな…」という弱音を吐いてしまう。まさにギャップ…だ)

 

しかし、そんなシャルトルーズも撃破してしまうと、とうとうやって来るのが「本当?のレイヴン」だ。621はとあるACの残骸から抜き取ったこの「レイヴン」のライセンスを盗用して活動していたが、そもそもこの集団は同じ通り名だけ受け継ぎ、パイロットは入れ替わっていくシステムらしい。よって、621はレイヴンの名を受け継ぐに相応しいか試されることになる。

(この辺は、的確に熟考された方の考察を参考されたし)

謎はともかく、看板機体だけあってこのAC「ナイトフォール」はとにかくカッコいい。左腕に掲げた巨大な「パイルバンカー」はこの機体どころか、ある意味本作を象徴する"最強の近接格闘武器"だ。今作の最初の予告トレーラーの時点で、その圧倒的存在感が示されている。美麗極まりない必見の映像だ。

 

初回プレイ時は、ボスを倒すためには(悔しくも…)これに頼らざるを得ず、この一突きとともに「パーイルバンカアアア!!」と技名を叫ぶのが、我が家の戦法となっていた。



 

ケイト・マークソン / トランスクライバー

「独立傭兵からの直接依頼」という特殊な形で、共にAC同士で出会うことになる。後述の「オールマインド」製のパーツで全身が構成されており、月光剣と並ぶシリーズ伝統武器「カラサワ」も持っているという多分いいところの人だ。非常に流麗なフォルムで、彼女自体も聡明で柔らかい印象を与える。「親睦を深めたい」とまで言われる。

ただ、アリーナにもどこにも登録がないとのことで、ウォルターは怪しむのだった…

ケイトが撃破されると、その声はなんだか硬い。逆に621が死ぬと「見込み違いだったようですね、さようなら」と、人が変わったように硬く冷たい…

 

 

 

 

 

大地に根を下ろす「ルビコン解放戦線」

二大企業ほどの紹介は残り紙面上できそうにないが、大好きな同志達でもある。彼らはルビコンという星の開拓民の末裔であり、自らを「ルビコニアン」と呼ぶ。

 

リトル・ツィイー / ユエユー

まさに本作を代表する「姫ポジション」。よって自然と人気があるようだ。部隊からは妹分のような存在として愛されている様子。「ツィイーは戦場に出るべきじゃない、ちゃんと恋をして、幸せな家庭をさ…」という同志達の声も聞こえてくる。

 

なのに彼女は、あるミッションで誤解にも621に立ち向かってくる。「この星から出ていけえ!」仲間思いのその激情に困惑し、彼女を手に掛けてしまうと「ごめんよ…アーシル…約束…守れなかった…」と言って哀しく散っていく。アーシルとは解放戦線の窓口担当で度々ツィイーのことを気にかけていた好青年だ。彼が約束の未来のパートナーだったのかもしれない…



六文銭 / シノビ

六文銭のミッション中の写真を撮り忘れていた。というのも、アリーナの下位ランクでありながら彼は強く、テスターとしてそこで何度も会っていたからだ。パルスブレードの練習、試し斬り、いわば「辻斬り」しに行くために…

「餓死寸前だったところをツィイーに救われ、その一宿一飯の恩義に報いるために同志となった」らしい。めずらしく表情が分かる公式イラストがあるが、ツィイーに何か食べさせてもらっている。かわいい。

彼に慣れてきたところでも、侮れば名武器「爆導索」の「どこから??」という角度で飛来するそれに、ほとんど"辻斬り"される気分になる。

 

 

リング・フレディ / キャンドルリング

解放戦線の総司令の側近にしてなんと男娼。物陰に隠れる彼を見つけると、その軽量タンクの強さに最初驚かされた(実際アプデでお仕置きを喰らっていた)。試しに同じ機体で訪ねて、これが男娼の身体性能か…と戯れてもみた。また、一度殺しにかかっておいて、逃げたり戻ったりを繰り返すことで「分からない…一体何を考えている!?…」と、彼をめちゃくちゃに困惑させるのが面白い戯れ方だ。

また、六文銭と同じくある程度の姿が分かる。細身の美青年であり、司令の首に絡める腕のその妖艶さ。

 

 

インデックス・ダナム / バーンピカクス

序盤で登場するゲリラ指導者の熱い男だ。ただパイロット適正には恵まれていない、らしい。例のイグアスとヴォルタとの遠足で出会うことになるが、3対1で正直ひどいと思った。

(他のミッションで逆もやられるので、ゲーム的にはお相子なのか…)

後述するドルマヤンほどでないが、このドイツ系の色は大変に渋く好きだし、その赤はまさに烈士といった感じだ。

 

 

ミドル・フラットウェル / ツバサ

解放戦線の実質の指揮官。例のホーキンスさんとペイター君が出てくるミッションで、彼らの"スネイル陰口"を、フラットウェルと一緒に聞くことができる。ただ、組織の二番手によくあることなのか、レッドガンのナイル同様ちょっと影は薄い(出番の少なさというよりも、この真面目さ故の他のキャラの癖の強さがまず表立ってしまうからか)。

しかしスネイルだけは異様な存在感を放つ不思議がある。

(本来、頭であるはずのフロイトが機能していない代わりに…という切なさもある)

 

 

サム・ドルマヤン / アストヒク

ドルマヤンはカッコいい。彼が背負うもの悲しさにも惹かれてしまう。

そしてAC「アストヒク」もまた、個人的に今作のACの中で二番目にカッコいいとすら思える。(1位はもちろん手塩にかけたがために我が愛犬となるが…)

解放戦線で多用されるBAWS製の旧型ACフレーム「芭蕉」を全身に纏っているが、二章で述べたこの「ずんぐりむっくりの味わい」に一時期ハマったのも、ドルマヤンに共鳴してのことだった。今作におけるACグッドデザイン賞をあげたい程の完成度だと感じる。

実際に戦ってみると、旧型ACとはどこ吹く風の熟考されたアセンブルと戦術の妙で、アリーナランク4位に名を連ねる歴戦の老兵だ。こんな空中でさえも迫りくるパルスブレードの斬撃は惚れ惚れする。

 

老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と言って去ってゆくマッカーサーの背中を見るような威厳さえ感じる。これも設定とデザイン陣のタッグによる素晴らしい成果だ。

彼は、ルビコン解放戦線の創設者にして「帥父」(すいふ)と称えられる思想的指導者だ。だが…俯瞰して見れば「何も選べずに立ち止まってしまった、主人公621のもう一つの可能性」とも言える悲しき役割をも担っている。(そこに惹かれるのだが)

 

「セリア…臆病な私を… 許してくれ…」と言って消えていく老兵の最期に、その意味が込められている。セリアとは後述する621にとっての「エア」であろう。

(詳しいことは紙面の関係上、熟考された方の考察を参考にされたし)

 

 

ラスティー / スティールヘイズ・オルトゥス

※この辺りから、余計にネタバレ色が強くなっていく

スネイルの罠で一時的に姿を消していたが、彼は帰ってきたのだ。それも、ロボットアニメ定番の超絶ヒロイックな新型機に乗って現れるものだから「もう君が主人公だろ!」と思ってしまったプレイヤーは数知れないだろう。

それはさておき、前述の通り彼は「背景を手に入れろ」と言って去った。そして621の前に再び立ちはだかり、621であるプレイヤーが選択した決断に「背負ったようだな…戦友!」と言う。彼はいわば、主人公の選択を促す賢者のような存在なのかもしれない。様々な人の思惑が交錯する中で、何かを選び捨てて、進んでいかなくてはいけない物語の主人公という存在を導く、戦友という名の賢者。

 

もし、この賢者の言葉に耳を傾けず何も選択できないままであったなら、それはドルマヤンのような変化を拒んだ結果の消えゆく存在となっていたのかもしれない。或いは、その与えられた理由なき強さを「ゲームと称して」振りかざすことで、世界を破滅へと導いていた可能性もある。(実際に、この一周目のプレイ体験が、意思を持って選んだというよりも消極的に流されて戦うこととなった、破滅に近いルートに思える)

 

ここでカーラの言葉が共鳴する「選ぶのは良い事だ、選ばない奴とは敵にも味方にもなれない」と。

ラスティはまさに一人のルビコニアンとしての背景を持って、自らの選択と行動を基に、621に道標を示してくれた。前述で彼のことを"酔狂な立ち振る舞い"とも称したが、この自らの信念のために巨大企業に潜伏し、彼らを欺くためなら時には味方である解放戦線の同志を殺めることも辞さない。その驚異的な精神を、酔狂と呼ばずしてなんと呼ぼう。

一周目においては彼との袂を分かったが、二周目にはまさにプレイヤー自身の選択が、賢者である彼を召喚し、その最初の出会いに立ち返ることになる。

「壁越えの再現と行こうじゃないか、戦友」

 

 

 

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人間ではない者たち

 

エア

彼女には姿が存在しない。説明が難しく、主要キャラクターであることは確かなのだが、ここまで遅れてしまった。

下の写真は三周目において、それまで交信を通してでしか会えなかった彼女がACを操り、621と共闘すべく駆け付けてくれた際のものだ。その全方位シールドで守ってくれたりもする。この展開にも三周を経たからこその熱いものがあった。

彼女は、この物語の中心となるフィクションである超物質「コーラル」の中に生まれた「実態のないルビコニアン」だ。621はこのコーラルの波に飲まれたことで、その中で長年知覚されることもなく孤独に過ごしていたエアと脳内で交信することができるようになる。よって(この作品内では本当の意味で)声のみの出演ではあるものの、絶えず行動を共にすることとなり、その存在感はヒロインと言って差し支えないほどに大きい。

彼女の人とはちょっとズレた言動もクスッとしてしまう可愛げがある。かと思えば、例のアイスワーム戦で621がやらかした阿保な失敗でミシガンにド叱られた際に、本当に誰よりも、至極真っ当な反応として「はあ……」と100%の深いため息をついてくれることには、逆に安心させてくれたりもする。

それが一周目のルートでは、流されるままに順当に進んでいくと、このエアを裏切ることとなる。(それも心理的にそうなりやすいように設定されているとも言える)

なぜなら「コーラルは争いの火種故に残らず焼き払うしかない」という流れに導かれることとなり、それは"エアとその同胞たちも抹殺する"という意味も同時に孕むことになるからだ。しかもそれを誰よりも望むのが「ウォルター」その人であるために、621には断りようもない。ある意味、これまでに紹介してきた全ての人々が、このコーラルという資源によって争い死んでいったとも言え、しかも621以外の人々にはエアの存在を知覚できず、弁明のしようもない。当然、そこにはジレンマが発生する。

しかし結局流されるままにそのルートを辿ることとなり、「人とコーラルの可能性を守りたい」と願っていたエアから直接告げられる「あなたの考えは分かりました……残念です」と失望に満ちた声で。以降、彼女からの交信は途絶える。これは辛い…

 

そして、最後のミッションでエアが立ちはだかる。それも封印されていた人の手に余る旧世代兵器を駆って。

 

「人とコーラルの共生…私はあなたにその可能性を見たのです」「あなたなら……共に歩めると…」今まで幾多の困難を共に乗り越えてきた、ラスティともまた違うチャーミングな戦友とも呼べる彼女を、自らの手で討たねばならない…

 

死闘の末に621はついに彼女を手に掛けてしまう。

「レイヴン…それでも…私は…人と…コーラル…の…」

と、切なげに手を差し伸べ、散ってゆく。哀しき最期だ。

結果的にこのルートは、悲劇的とも言える結末を迎えるのだが、戻って最初の写真にあるようにエアとの共存を歩むためには、痛みを伴ってでも一度は通らねばならないのだ。

 

愛機「ファシリティードッグ」はウォルターに捧げる意味が主だが、また同時に、いつも傍にいてくれたエアへの感謝の気持ちと、これからも繋がっていられることを願い、頭部に、その刻印を押してある。

 



 

 

オールマインド

ここにある写真は、このキャラクターの全てを包括できているとは言い難い。あくまでも一つの依り代として貼っておくに留め、その全容は読者の手に委ねたい。

それは、ここまで読んでおられる方の中に未プレイの方もいないとは限らないと思われ、よって皆までは語らないつもりでいるからだ。

(優れた考察家に委ねるべき要素が多いのもある…)

しかも、前述の"ある部隊の人物にも関係する"重要な驚きポイントもあったりするのだ。

 

そして、ラスティやエアなどで既に十分先のことまで明かしてしまったとも言えるが、ことこのキャラクターに関しては、まさに初代から受け継がれる伝統的な因果を、今作最大のリスペクトとして描いてくれたように思うことが大きい。

(「AC1」をプレイされた方ならばきっと、独立傭兵レイヴンを最初に迎え入れてくれた「レイヴンズネスト」を思い出さずにはいられないだろう)

ともあれ、是非その目で見届けてほしい。

 

またその姿は、(何度も話してきたように)過去に最も愛した「ナインボール・セラフ」ともどこか重なるような気がするのは、自分だけかもしれない…



 

 

 

 

 

 

 

 

忘れがたき恩師「ハンドラー・ウォルター」

彼は、主人公621とプレイヤーにとってのかけがえのない師となる。

前述の「カタフラクト」の項にある「前日譚」を見ると、ウォルターは621を始めとした複数の強化人間を「猟犬」として使役し、「ハウンズ」と呼ばれる部隊を指揮しながら仕事をしている人物だと分かる。そこでの印象は部下を捨て駒とする非道な指揮官とも思える。

 

「この惑星でコーラルを手にすれば、お前のような…脳を焼かれた独立傭兵でも人生を買い戻すだけの大金は得られるはずだ」

 

…彼にそう教えられ、621の仕事はルビコンに侵入することから始まるのだが、ここから"飼い主"に付き従う"飼い犬"として共に難題を潜り抜けていく中で、ウォルターの優しさと情の深さに触れていくこととなる。

 

個人的に彼に惹かれていくきっかけとなった場面は幾つもある。

例の「スネイル閣下」に独立傭兵ごときがと「駄犬」呼ばわりされていたが、それを621は不言実行の働きで「猟犬」であることを証明していく(これもウォルターの的確な躾があってこそだが)。

なのにスネイルときたら「駄犬」呼ばわりを止めない…。最新の第8世代の強化人間でもある自身に対して、時代遅れの第4世代の621が想像以上の活躍を見せることへのコンプレックスなのか、そもそも苦労人として企業の指揮運営にてんてこまいが故に一介の傭兵に頼らざるを得ないという構図自体がお気に召さない、という様子だ。

渋々ながらスネイルは「いいでしょう、貴方の駄犬も戦力として計算に…」遮るように「もうひとつ、駄犬呼ばわりは止めてもらおう(強い口調)。旧世代型にも尊厳はある」と、ウォルターは高慢極まりない閣下をぴしゃりと黙らせる。621への信頼と愛情故にそれが怒りとなって現れた貴重な一幕だった。

 

また、それまでにも実績をコツコツと積み上げていく度に、作戦終了時には決まってウォルターから「戻って休め」と労ってくれることに"後になって"気づくことになる。というのも、シリーズを通してプレイしてきた感覚で言えば、ミッションの中でこんなにも労わってもらった覚えがなく…話を進めながら「あれ…傭兵家業とはこんな感触だったか?」という違和感を持っての発見だった。

「淡々とした(時には無機質で)、あくまでも仕事上の付き合い」という人間関係が比較的には多かった気がする。(初代においてはなんならオペレーター自体が存在しなかった)

逆の例として、シリーズ三作目「AC1 MOA」のオペレーターは独自判断で依頼を請け負った主人公に「お前への援助は打ち切る、勝手に死ぬがいい」と背筋も凍る怖いことを言ってきたり…シリーズ12作目「AC4 fA」のオペレーターも良く言えばクールビューティーで賢い人だが、こわーい印象…ばかりが残っている。

比べると…ウォルターは大変に配慮の行き届いた人物であり、かといって何でもかんでも部下を甘えさせて指導を怠るようなことはしない。非常にバランスのとれた上司であり、時には親心に近い「愛情」と言って差し支えないほどの温もりを感じる。

(すると今までの傭兵家業がいかにブラックになりがちだったのかを考えてしまう…)

 

これも何周かしているうちに気づいたことに「ミッションの収支報告書」に"ウォルターからの特別手当て"と書かれた項目を見つける(なんだか妙にかわいらしく見える)。そのミッションはというと、大抵作戦中に不可抗力の事態が発生した時のことだ。結果、621が依頼主から報酬をもらえなかった可哀そうなところに、自身のポケットマネーで補填してくれるのだ。ウォルターの中には、父として子どもを躾けようとする強い意志もあれば、同時に孫への可愛がりからお小遣いをついついあげてしまうような祖父っぽい面もある。

(実際に、恐らく設定上ウォルターと621の間には孫と祖父ほどの年齢差がありそうだ)

 

他にも、「友人」と呼ばれる仲間との通信中に「調子はどうか」と心配され"自分のことを聞かれているのに621のことだと間違えて応えてしまう"一幕もあったり、あの因縁の「スッラ」がウォルターの子ども達を殺してきたことを誇らしげに自慢してきた際のウォルターの沈黙の中に感じられる苦々しさからも、親から子への愛情を感じずにはいられない。

 

極めつけには、前述した難敵「アイビスシリーズ」との激闘の最中、瞬足の相手に追いすがるべく必死に走る"我が子621"に

「いいぞ621!確実にプレッシャーが(相手に)蓄積している!」

「追いつめているぞ621!」

「やはり… この競争を勝ち抜けるのはお前だけだ…!!」

と、拳を握りしめ必死の声援を送るその姿は、運動会に現れる熱き父親の姿そのものだ(すいません…)

 

 

(そういう話はここまでにし)このようにウォルターは、思い出せば枚挙にいとまがないほどに、主人公であるプレイヤーの背中を押してくれる。こんなに温かな人物像が今までにあっただろうか。

 

 

しかし、この物語は無情にも、621からウォルターを奪ってゆく。

 

それは特に二周目のルートにある。

スネイルの策略によって捕らえられた後、二人は、そこから別々の道を歩むことになる。それも621自身の選択によって、訪れることとなる哀しき再会だったのだ。

 

「エアの願い」を受け取り、「ラスティの助力」を得て、621は「人とコーラルの共生」への可能性を突き進む。そのために向かったザイレムで621は無事にコーラルを守ることに成功し、その可能性は叶えられたかに見えたが…

 

その時、深紅に染まる謎のACが立ちはだかる。それは封印されていた「アイビスシリーズ」最後の有人機。

 

「俺は…621…お前を……消さなければならない」

 

その搭乗者は、誰でもないウォルターだったのだ。

 

ウォルターは非道なスネイルの「再教育」という洗脳によって企業の手駒となり果て、その害悪である621を抹殺すべく、ここに現れたのだ。

彼が本来目指した「争いの火種でしかないコーラルを焼き払う」という目的はすでにこの時点で、621の手によって阻止されている。さらにスネイルもろともアーキバスは既に虫の息となっている。この戦いに意味などない。

それでもウォルターは621に向かってくる。企業に植え付けられた命令と、コーラルを焼き払わんとする自身の強い信念とが混濁し、それが彼を暴走させ、もがき苦しめる。

その機体のコーラルを用いた圧倒的な火力を前に、621は応戦するより他にない。戦う意味などないのに…叶うならば、こんな痛々しい姿となった彼を救ってやりたいのに…二人の運命はこの時、避けようのない場所へと導かれていたのだ。

その時、混濁する精神の中で、彼は言う。

 

 

「コーラルを焼けば…俺たちの仕事は終わる…お前が稼いだ金だ…再手術をして…普通の人生を…」

 

 

 



 

それは、ウォルターが最初に言った621への言葉だった。彼の本心はここにあったのだ。最初こそ、脳を焼かれた飼い犬の生に意味を与え、仕事という首輪に繋ぎとめるための、ただの方便だったのかもしれない。しかし、621を信頼し育て、621を通して己の信念を果たそうとする中でいつのまにか芽生えた、自分自身でさえ理解していなかった子に対する親心が、この時に吐露されたのだ。

 

自身の子であり、教え子である621に、ただ人並みに、幸せになってほしかったのだ。

 

 

それでも…その機体と共に暴走する彼を止めるために、621は向かう。

 

 

そして

 

 

621はついに自らの手で、親であり、師であるウォルターを手に掛けてしまう。

 

 

我が子に討たれた彼はその姿を見届け、どこか寂しそうに、そしてどこか嬉しそうにして、息を引き取っていった。

 



 

 

 

 

 

 

 

 

4:最後に

621はこの時、一体何を思ったのだろう。脳を焼かれているとは言え、この忘れることのできない恩義に対し、心に一つの波紋が起きたことは、間違いないと思う。

詮方ないことだが、その姿も声も分からないこの主人公に起きた心の波紋を想像するということは、まさにプレイヤーである我々に委ねられているとしか言えないだろう。

 

ここまで読んでくださった方々の中に、もし初見の方がいたなら、ここではとても書き切ることの出来ない行間が"自身の選択が何かを捨てることに繋がるゲーム体験"の中にこそあるのかもしれない。だから、一度は自身で味わってみてほしいと思う。そこにこそ、このことを想像するヒントがあるからだ。

すでに体験済みの方には、この拙文の中に、少しでも顧みるものがあったならば幸いに思う。

 

 

手前勝手ではあるが、愛機「ファシリティードッグ」は、改めてこの"忘れがたき恩師 ハンドラー・ウォルター"のために捧げたいと思う。

また同時に、僕にとって、四半世紀に渡ってお世話になることとなった「アーマード・コア」とその開発陣に、感謝の意を伝えるために。

 

 

 

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