雨にも風にも負けず

 

今日はある恩師の元へ、同じ教え子だった友人と一緒に赴いた。まあそこでの話は色々あれど、今日書くことは別のほんの些細なことにする。

吉祥寺に引っ越してからというもの、何故か雨に悩まされる事が多くなった。それは洗濯物を盛大に干したら外出中に何度もやられてしまったり、出先で傘を置いてきてしまう癖から、夕立によく打ちのめされたり…。

洗濯物に関しては心配な時はなるべく部屋干しで対応するとして、外出には折り畳み傘を持つべきだとこれはこれで品定めをして悩んだ末、ユニクロの安価な傘を購入した。本当ならもっと小洒落た明るい傘にして雨の日にせめてもの彩りを添えよう…なんて思っていたけれど、結局黒いフレームと布の暗い地味ーな傘になってしまった。それくらいしか選択肢がなかった。安価なのはいいけれど、いかんせん面白みがない。本当ならそこもこだわっていきたいところ。

確かに最近は気まぐれの天候のためにこの折り畳みユニクロ傘はそこそこ役立った。折り畳み傘を一本鞄の中に忍ばせておけば突然の夕立にも対応できる。面白みが無い奴でも実際は地味に使っている。まあいいだろう、と思っていた。

しかし、今日そんなこの傘にいよいよ興ざめしてしまうようなミスをしてしまうのだった。それもほんの些細なことで今日行った出先で折り畳んだ傘を包む袋をうっかりどこかに落としてしまったのだ。そんな物!と思うなかれ。あの袋がなければ濡れた傘をどう鞄にしまうべきか!専用に作られた防水の袋なくして鞄に携行するという折り畳み傘の本分がどう発揮されようか…(ビニール袋などで対応なんてのは格好悪いし…そこには妙なこだわりが)。

こういうものは無くすならいっそ全部無くしてしまったほうがすぐに買い換えるなど開き直ることも出来ようが、中途半端に大事な部分だけ無くしてしまうパターンは一番面倒くさい。使うには不便で、でも捨てることも躊躇われるものだからやっぱり中途半端だ。やっぱり一番面倒くさい。

最初からあまり望まれた形で主人の手元にやってきた傘ではなかったが、そうやってこの事で余計に中途半端な烙印が押され、もういっそ風雨にでも晒して潔く引導を渡したろか!なんていう乱暴なことまで考えるに至ったのだった。あまりよい考えではないとは思っていたけれど…。

するとどうだろう。本当に強い風雨が今日やって来た。それもまさに暴風雨を連れた台風だ!この季節には珍しいお客さんだ。最初は何の気なしに「ああ嵐になってきたなあ…」なんて、吉祥寺のマックに11時まで入り浸ってぼんやり眺めていたけれど、おいおい待てよこの中を帰るのかと戦慄し、それでも0時までには家に帰宅すべくマックを出たらそこには…吉祥寺のサンロードに吹き荒れる強烈な雨と風!知らぬ間にこんなにも荒れ狂ってしまっているとは!

それでも早速決心をし、袋を失った中途半端な折り畳みユニクロ傘をたずさえて、嵐のサンロードを歩いて行く。辺の人々は皆銘々に自分の家へと帰るために嵐と戦っている。長い髪を風に激しくなびかせて俯きながら歩いていくOLさん。抗うように自転車を必死に走らせる健気な男子連中。悲鳴なのかなんなのかよく分からない声をあげて盛大に騒いでいるミニスカートの女子高生達。掲げた傘を呆気無くへし折られ、びしょ濡れになりながらよろよろと歩いてゆく中年夫婦。そして路上にはどこからか飛ばされてきた商店街のゴミやチラシに、無残に粉砕されたビニール傘の骸達!そしてその中を、自分はしかと歩いてゆく。先陣を切っていった数多の傘の屍を超えていくように、この中途半端な傘を頼りに進んでいく。

壊れてしまっても構わないとは言ったけれど、鞄の中には濡れちゃいけない紙やらなんやらが一杯入っているから、今はもうこの折り畳み傘に頼る他はない。しかし、これだけの多くの傘達の骸が転がっている最中で、細っちょろく実に頼りないこの折り畳み傘がどうやって生き延びられようか?こんな暴風雨が吹き荒れるまっただ中で、この傘が粉砕されずに済む可能性はかなり低い。はっきり言って信用ならない!

案の定、猛烈な暴風雨は容赦なく自分の元へ襲いかかり、その度に傘はその身をよじり、裏返り、それは今にも傘自身の断末魔が聞こえてきそうな様相だった。一度ビルの合間に抜けようものなら、その都度予期せぬ方向から猛烈な雨と風が吹き抜けていく。そんな時にはあっという間に傘は粉々にされて空中へ持っていかれてしまうんじゃないかと気が気でなかった。そうなれば、大切な鞄の中の所持品を風雨から守ることは叶わなくなる。残りの家路まではもうこいつだけが頼りだった…。

しかし、驚いたことになかなか傘は壊れない。暴風雨は傘をめためたに破壊しようともはや躍起になっているが、こいつはそれらの苛烈な猛襲に耐え抜いているではないか!しかも、まるで釣竿か柳のようにして骨は決して折れることなく柔軟に反り返り、全ての風を受け流していく。これはもう折れるだろう!というところまで曲がってしまっても、何のことはないまた元の形に直ってしまう。何事もなかったように。

一体この地味な黒い骨組みにどんな技術が詰め込まれているのか定かではない。それはよくわからないけれど、とにかくそうやってこの中途半端で地味子な折り畳みユニクロ傘はその嵐の中で最後まで折れることなく主人を家まで無事に返してくれたのだった。下半身は既にびしょ濡れだったけれど、上半身と大事な鞄は守ってくれた。まったくもって驚きだった。

いっそ壊してやろうだなんて思ったくらい一度は愛想を尽かしてしまった中途半端な傘だったけれど、この事で考えが変わってしまった。こいつは見かけによらずタフでナイスガイだ!(言葉が古いか?)身を纏う袋がなかろうがなんだろうがもうどうでもいい。こいつの実力はそんな外面じゃあない。内に秘めたる実力、傘の本分を愚直なまでに全うする本当に頼れる骨太さんだったのだ!

見放しそうになってしまってすまなかった。いつ訪れるとも知らぬ怪しげな天候のために、これからも吉祥寺の街で、そしてこの東京の地でお供してくれ!